野洲高校とバルセロナの距離

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野洲高校とバルセロナの距離

2006年01月29日

会場に来てくれたお客さんに、チケット代の元をとってもらえるような楽しいサッカーをしてこい 高校サッカー決勝戦 ハーフタイムに野洲高校 山本監督が選手にかけた言葉

あれからもうずいぶんと日数がたっている。普段であればすっかり忘れているはずなのに、サッカー好きは相変わらず、野洲高校の話題を話している。インターネットでも、まだその話題はライブで進行中である。

「楽しいサッカー」が優勝したとき、それは事件になってしまった。
裏返せば、これまでの高校サッカーが「楽しくなかった」ということになる。

「子供のサッカー」の世界では、ちょっと困った問題がある。それは「強いチームが、子供を育てるわけではない」という点だ。
やっかいなことに、子供のサッカーの世界でも、勝つためのサッカーは、どんどん窮屈でつまらないサッカーになってきている。
がちがちに守って、ボールを大きく前に蹴りだすと、そこには体のしっかりしたフォワード、ドスンとか、ゴリゴリという音を鳴らしてゴールに押し込む。結構、こういう風景は多いのです。
その逆に、ボールをつないだり、ドリブルをするサッカーは、トーナメント形式の勝負の中ではどうしても不利になる。未熟な技術でトライするから、失敗が多いのだ。

そもそも子供たちのサッカーがうまくなるのは、サッカーが楽しいからだ。
プレイステーションでゲームをするより、ボールを蹴っているのが楽しいから、続けるし、うまくなっていく。
だから、楽しいサッカーは、子供たちがうまくなる必須条件・・・・のはずなのだが、必ずしもそうはなっていない。眉間にしわを寄せて、必死に1点を守ろうとする子供の姿って、ちょっと嫌じゃないですか?

そもそも「育成」の評価は難しい。
「本質的にはとても重要だけれど、緊急性のないもの」にエネルギーを注ぐのは、人間かなり難しいのですよ。普段の私たちの仕事でもそうですよね。
小学校のコーチの育成方針が正しかったか、なんて誰も検証しようがないし、する気もない。親たちは、いつも、内容よりも結果で大喜びする。
クラブチームや高校でも事情は同じだ。わかりやすい目の前の勝利という結果は、「育成」より重視されてしまう。

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「勝つサッカーと楽しいサッカーの両立」は難しい、とずっと思っていた。
しかし、野洲高校が「楽しくても勝つサッカー」をやってみせ、優勝という最高の結果まで残した。

高校サッカー決勝のテレビ。
アナウンサーがハーフタイムの野洲高校 山本監督の言葉を流す。努力と涙を求める日本テレビの作り出す画面の中で、とてもとても違和感があった。
あまりに違和感が大きかったので、僕は居心地の悪さに思わず、大笑いしてしまった。

「楽しくても強いサッカー」
それは、本場のヨーロッパでも出会うことは少ない。だから、そういう「楽しくても強いサッカー」は絶滅動物のように伝説になってしまう。

伝説の一つは、クライフであり、クライフが監督した時代のバルセロナだ。
クライフは、見るものに感動と喜びを与えるサッカーを求めた。
「フットボールの試合は、まず観客を楽しませなければならない」
クライフの有名な言葉だ。クライフは、無様な勝利をとことん嫌った。

そのクライフの遺伝子は、今年 バルセロナで新たな伝説を作る時期に来たようだ。
華麗なサッカーで破竹の連勝記録を打ち立てるバルセロナ。ロナウジーニョのあの楽しそうな顔。
「練習中に笑うな!」と怒鳴っている、サッカーの鬼コーチがまぬけに見えてしまう。

楽しい野洲高校のサッカーと、現実的な鹿児島実業のサッカー。
この二つのスタイルに優劣はない。互いに真剣勝負を繰り広げ、交じり合うことで、日本のサッカーは大きくレベルアップしていくだろう。

レベルは違うが、地球の少し遠い場所で、二つのサッカースタイルの最高峰が、もうすぐぶつかる。
「バルセロナ 対 チェルシー」
楽しいが、結構現実的なバルセロナと、現実的に見えてゴールが美しいチェルシー。

日本の子供たちがこの世界最高峰の試合を見るとき、その距離は大人が想像する以上に、ぐっと縮まっていく。

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布啓一郎

[投稿者: nori : 2006年01月29日 22:49]

コメント

投稿者 mac : 2007年06月28日 23:53

 野洲、セゾンの選手たちも練習中に笑わないです。本当に「うまくなりたい!!そして…」という一心で取り組んでいる。
 
 今、第一の目的として「楽しくやること、子供たちに練習で楽しくやらせようとする」勘違いした指導者が増えていると思います。それでは選手は勝てない、笑えない。
 
 野洲、セゾンの選手達は点を決めて、勝ってはじめて笑顔を見せます。そして、常により高いレベルを求めている。

 野洲のサッカーは「楽しいサッカー」それは1人の観客から見た試合の感想だと思うんです。実際、彼ら自身、「楽しもう」と思って試合に挑んでない。「楽しませよう」と思って試合に挑んでます。


 サッカー選手の育成に観客の視点、「楽しいサッカー」を目的とすると、選手を育てるはずが観客を育てることになってしまいます。
 
 ですので、サッカー選手の育成には「楽しませるサッカー(世界中の誰もかれも)」を目的にするのが良いと思います。

 文章が下手ですみません!!

 

投稿者 ノス : 2008年03月16日 10:34

やっぱりサッカーを始めた原点は、みんな同じで楽しいから
なんだからもっと楽しいサッカーをするチームが出てきて欲しい!!