2006年03月13日
「当事者たちの事業的な成算は、実は確としたものではなかった。またサッカー界に長く関わりよく知っていた者ほど、事業の成否には懐疑的であった」 「Jリーグのマネジメント」 広瀬一郎 著 東洋経済新報社 より
春が来てJリーグがはじまるたびに、手にとって読み返す本がある。
「なぜ、Jリーグが日本にあるのだろう?」
日本にプロサッカーリーグがあり、僕らを興奮させている。そのことの喜びと、それがあることの不思議を、いつも思うからだ。それが当たり前でないことを、その書籍は克明に語っている。
その本は「Jリーグのマネジメント」という書籍で広瀬一郎氏が執筆している。
僕がこの10年で読んだサッカー本の中でも、1番にあげてよい本だ。
この本の面白さは、整理された事実と行間のギャップだ。
当の著作者は「事実の整理と分析」に徹し、「男たちの感動ドラマは書かない」と決めて書いているのに、読む側にはJ創業の熱いドラマが、むんむんと伝わってしまうのだ。
事実の整理と分析が、かえって行間を爆発させ、読むものの想像力を書きたてる。
どうも、そういうことが稀にあるらしい。
さて、Jの成功モデル。(Jを「成功」と人はよく言うが、まだまだこれからだよな)
後づけの説明なら、いろいろ付けられているが、その時点でどうだったか、という点がこの本からは見える。
事実から見えるのは、「あなたが決裁者だったらハンコ押しますか?」という質問に、「いや、絶対に無理」と答えるような話だった、ということだ。
Jリーグの場合も、川渕チェアマンはじめ、創業のプロジェクトメンバーたちの成功の根拠は、結構希薄なもので、ましてや、前進のアマチュアのサッカーリーグに関わっていた当事者たちにとっては、「何を言ってるんだ」と叱り飛ばすような風景だった。
Jリーグへの参加制度も、お金を払ったら何かが用意されているというルールではない。その基準を満たすために参加者がとにかくがんばるしかない、というルールだ。
スタジアムは、芝が青々とした観客が一杯入れるスタジアムを自分で用意するか自治体を探さなければいけない。観客も自分たちで集める必要がある。お金と経営責任についても、全部自分で負って、かつ事務局のコストも負担するような按配だ。
Jリーグがある程度成功した今であれば、そんなものかと思えるだろうが、そもそもの最初に、よくこんなものが立ち上がったものだとつくづく思う。
そもそも、頭のいい人たちが冷静に分析してしまうと、「成功しない理由」は、いくらでも思いつく。特に「新しくはじめること」というのは、前例がないことなので、成功の根拠は存在しない。根拠が希薄なら、事業としては開始できないでしょ、という至極まっとうな理由で、多くの創業の目がつぶされていく。
一方、事業の創業者たちも、周りの意見を求めすぎるあまり、袋小路に入ってしまったり、「妥協の産物」というヌメヌメとした生き物に絡め取られてしまうことが多い。同じことを考えていたが、同じ道には進めなかった、という話も山のようにある。
結局、最後にゴールを決める原動力は、自分自身で前に蹴りだす決断だけなのだ、と今回改めてこの本を読んで、そんなことを思った。
でも、とにかくいろいろあったけど、サッカーのプロリーグが日本ではじまった。そして、本から目を上げても、それは夢でも昔話でもなく、目の前でちゃんと動いている。
2006年、Jが開幕して、2試合目、この週末のJ1、J2入場者数の合計は、25万人を超えた。
同じ週末、日本全国でボールを蹴っていた少年の数は、いったい何人になっただろう。
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[投稿者: nori : 2006年03月13日 12:23]
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