2007年11月22日
日本代表を車に例えると、全員が車を押さなければならないと思うオシム日本代表監督就任会見の言葉
試合の時間は後半の43分になっていた。ロスタイムはまだ表示されていなかったが、恐らく5分以上の残り時間が予想された。
日本サッカーの経験上、とても難しい時間帯だ。スコアは0-0。
場面は日本のフリーキック、引き分け以上で北京の権利が取れるとはいえ、リードしているわけではなかった。
このチャンスは当然、点を取りに行く場面だと思えた。水野が蹴るのか、柏木が蹴るのか。
しかし、ピッチ上の水野と柏木は時間稼ぎのボールキープを選んだ。
僕は「おっ」と声を出した。
スローインの場面に移り、水野は遅延行為でイエローをとられた。そしてコーナーキック。また、彼らは迷いなくボールキープを選ぶ。
意見の分かれる場面だろう。
ある人は、引き分けでいいなんてとんでもない、と思うかもしれない。もし、ロスタイムで点を取られていたら、どうなっていただろうかと。
確かにその後も危ない場面が続いた。
別の人は、日本の若者たちが見せたしたたかな選択に「頼もしさ」を感じたかもしれない。下手に攻めてカウンターを食らうほうがよっぽどリスクが高かったと。サッカーの強い国はどこでもやっていることさと。
僕はどちらでもなかった。いや、本音は間違いだと思っている。点を取りに行けよと。
ただ、そのときの柏木と水野の目が、何の迷いもなく、自信に満ちていることに気がついて、無意識に手に力が入った。
あの後半の難しい場面で、二人には自信と執念としたたかさが感じられた。ピッチ上のチームの意志は統一され、自分たちで選んだ手段を自信を持って遂行する。
その迷いのない共通の意志が、僕には新鮮に映り、これは収穫だとも思えた。
ゴールシーンのない勝利だから、何年か後にテレビが振り返るとき、テレビ局は、再現場面の選択に苦しみそうだ。でも、僕は、この濃密な引き分けを、水野と柏木のボールキープのシーンで思い出すような気がする。
2006年ドイツでの敗因の一つは、チームがバラバラだったことだ。
そのとき、日本のサッカーの積み木は、一気にくずされたような感じだった。ワールドカップの舞台で意志を統一できない代表。自分の国の代表チームに感じた世界との距離。
「日本サッカーに幻想を持つな」と耳元で囁く声が聞こえた。
それ以来、日本代表という存在に熱くなれない自分を感じていた。
しかしそれでも、サッカーを見つづける。離れることはできない。
アジアカップの4位を見て、Jのスタジアムに足を運び、ユースの試合を見て、レッズのACLの勝利を見ているうちに、少しだけ僕の中で、何かが変わってきた。
それが何かはわからなかったが、多分、「積み上げ」の感覚だったのではないか、と今はそんなふうに思っている。積み上げてきたものが確かにある、とも思えたし、これからも積み上げていくしかないのだとも思えた。
正しい言い方かどうかわからないが、あの場面で、水野と柏木の目を見ていて、この国のサッカーに積み上がってきたものを感じたような気がした。
反町監督のチームが厳しい中で積み上げた結果だともいえたし、ドイツの苦い敗戦からの日本の積み上げとも言える。ドーハの悲劇の経験が生きたとも思えたし、Jと協会が積み上げてきた育成の成果だとも思えた。
まあ、ちょっと言い過ぎのような気もするけど、、、
北京を目指したオリンピックチームの分かれ道は、言うまでもなくアウェイのカタールでの敗戦だっただろう。
もしかしたら、と僕はかんぐっている。日本サッカー協会は「反町監督の更迭」という選択肢を考えたのではないだろうか?
しかし、その手段はとらなかった。反町監督は続投する。
数々の不甲斐ない戦いがウソのように、サウジ戦では精神的に強いチームがあった。監督と選手が勝利を信じて戦うチーム。
協会の継続の意志も、積み上げの結果だと思えたし、チームで積み上げてきたものが、反町監督と選手たちの成長につながったように思う。
そして、気持ちの整理がつかない段階で難しいのだが、やはり書くことにしようと思う。
その勝利のピッチに、僕はオシムを感じた。
選手たちの中に、青で染まったスタジアムに、反町の目線の先に、想像以上に、オシムがしみこんでいることを実感した。
日本代表を車に例えると、全員が車を押さなければならないと思う。今の日本の状況を見ると、一時的に車が止まっている気がする。だから、全員で押さなければならない。オシム日本代表監督就任会見の言葉
オリンピックチームの歓喜を見ながら、北京で結果を残すために、まだまだ車を止めていてはいけないとも思った。もっと前に進めなければ。
できうれば、オシムが、日本のサッカーという車を、再び一緒に押してくれることを願う。
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[投稿者: nori : 2007年11月22日 09:18]
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