サッカーの言葉

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家本主審の見事なジャッジとそれを支えたNHKの中継

2011年01月02日

「試合に臨む前の静かな心の高ぶり、あるいは試合後に感じる表には出ることのない達成感、そういった何気ない心地よさが、重要な勝利をつかんだ選手たちが味わう激烈な歓喜とは別に、裏方である審判員にとって至福の時だったと言えます」
天皇杯決勝の笛を吹いた高田審判の言葉(『できる男は空気が読める』高田静夫著より)

天皇杯決勝の主審が家本政明氏だと放送されたとき、国立競技場はどよめいたという。僕はTwitterを片手で見ながらのテレビ観戦だったが、Twitter上もしばらくざわついていた。
「家本キター」とか「悪寒がする」というつぶやきが次々にタイムラインを流れていった。
とりわけ鹿島サポーターにとっては、ゼロックススーパーカップの記憶があるだけに「家本=アウェー」というつぶやきが目立っていた。

やはり、というか、試合開始から少したって、オリヴェイラ監督が、判定に猛然と抗議する場面があった。NHK解説者の福西氏はその場面に対して「(オリヴェイラ監督は)ずっと言い続けますからねー」と思わず本音を漏らした。
「しつこいんだよな、もう」という気持ちが、にじみまくる解説に思わず笑ってしまったが、「そういう監督の真剣さは選手にも伝わると思います(キリッ)」と、本音をささっと掃いて見せるテクニシャンぶりを発揮した。

福西と言えばドゥンガだが、おそらく福西の本音の裏側には、ドゥンガと接した記憶も染み込んでいただろう。
ジーコ、オリヴェイラ、ドゥンガという日本と関係の深い3名のブラジル人は、いずれも尊敬すべき日本サッカーの恩人だが、審判への抗議では甲乙つけがたいしつこさだ。

南アフリカのブラジル対オランダの試合を覚えているだろうか?
ワールドカップの中でも、もっとも難しいゲームを裁いたのは、日本人の西村雄一氏だが、僕の中では、南アフリカ大会の隠れたベストゲームの一つだ。
ドゥンガはその時も、「サッカーが下手くそな国から来た審判」に、大げさなジェスチャーでクレームを出しまくっていた。

正直、日本人審判がミスジャッジをしないか、僕もドキドキしながら、ゲームを見ていたが、その時の西村氏のジャッジは、ドゥンガの派手な芝居をものともしない、堂々とした素晴らしいものだった。
西村氏が掲げるイエローカードや、間違って出しそうになったレッドカードに笑顔を見せる振る舞いに、日本人として誇らしい気持ちになったものだ。

その西村雄一氏が、南アフリカワールドカップ後に印象深いことを言っていた。
「テレビのリプレイ、スーパースローが重要なシーンの直後に流れることは、審判を助けてくれる」
微妙な判定でも、かえって皆の前にオープンにしっかりと見せてくれた方がよい、という姿勢だ。

僕は、大変失礼ながら、逆のことを想像していた。
日本のサッカー中継で、微妙な判定は、もめ事の原因になるのでスルーする、という姿勢が主流だと感じていた。
それは審判を守るための姑息な圧力で、当の審判自身も「見せない」ことを望んでいるのだろう、と思っていたのだ。

しかし、それは間違いだった。
ミスジャッジはもちろんある。しかし、おおむね正しい判定なら、そのことを見ている僕らとも共有したい。中継の技術が上がり、細かな場面がよくわかるなら、それはむしろ公開してくれた方が、不必要な疑いや先入観を払拭してくれる。
審判望んでいたのは、本当は逆のことだった。それは、うれしい驚きだった。

2011年の元旦、天皇杯の決勝戦、僕はドキドキしながら家本主審の裁きを見ていた。頼むから、この大事な試合を壊さないでくれと。
NHKのテレビ中継は、岡崎の二度のファールをはじめ、審判の判定が関る場面のいくつかを、違った角度のリプレイで流してくれた。
その映像からわかったのは、家本主審がどの場面でも、的確なポジショニングで裁いていたという事実だ。

日本の審判は、選手が倒れるとすぐに笛を吹くという先入観が強いが、家本主審は、選手が倒れてもプレイを継続する場面がいくつかあった。
ゲームが進むにつれ、家本氏の負のオーラが、どんどん消えていき、ゲームはとても集中力の高い戦いになっていった。

そして、試合が終わった。
素晴らしい試合だった。もう誰も審判の判定についてつぶやく必要がなくなった。審判の存在はいつも逆説的だが、それだけ、家本主審のジャッジが素晴らしかったからだ。

「天皇杯という最も権威ある大会の決勝の審判員として数度指名された喜びはとても大きなものです。ただ、今振り返ると、それとは別に試合に臨む前の静かな心の高ぶり、あるいは試合後に感じる表には出ることのない達成感、そういった何気ない心地よさが、重要な勝利をつかんだ選手たちが味わう激烈な歓喜とは別に、裏方である審判員にとって至福の時だったと言えます」

天皇杯の決勝の笛を吹く。
それは審判にとって特別なことだろう。家本氏は堂々としたジャッジで、見事にその大役を果たした。
高田静夫氏が、天皇杯決勝について語った言葉のように、家本氏も至福の時を迎えているだろうか?

僕は審判に文句をつけるな、というつもりはない。西村雄一氏も、オリヴェイラにしつこく抗議されてきた。ミスジャッジや試合をコントロールできない痛い経験を乗り越えて成長してきた一人だと思っている。家本政明氏も、数々の経験を乗り越えて、今、高いレベルに到達したと思う。

そして、家本氏やレフェリーを、NHKの質の高い中継がサポートした。
微妙な判定をスローで再現し、オフサイドのラインをリプレイで表示した。
最初にボールを取るレフェリーの映像から中継がはじまるのも、南アフリカの時と同じだ。こういった一連の中継の変化は、レフェリーをサッカーファミリーとしてレスペクトする姿勢の表れだろう。

日本サッカーの審判のレベルアップは、審判だけで成し遂げられるわけではない。だからといって、審判を守るために、協会が長い説明をしても伝わらない。逆に隠そうとすれば、かえって疑いが増幅する。
だが、的確な映像が再現されれば、僕のような素人でも、そのジレンマを共有しながら乗り越えることができる。
レフェリーの仕事に興味がわいて、もっともっと理解したくなる。理解すればするほど、彼らの仕事をレスペクトするようになっていく。

南アフリカのワールドカップを経験し、2011年を迎えた。
レフェリーとテレビ中継、日本サッカーがまた一つレベルアップしたと確認できるよい元旦になった。

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