山口素弘と日本サッカーの失われた10年

僕はワールドカップに何かを学びに行ったのではない。ワールドカップでどう勝負して、どうやって勝とうか。そればかり考えていた。そして、その答えは「日本は世界と戦っても十分勝てる」だった。
山口素弘 「横浜フリューゲルス 消滅の軌跡」より

最近、山口素弘の顔をテレビの解説や雑誌で見る機会が増えている。ちょっとお固い感じだが、テレビ映りもいいし、語り口もスマートだ。
サッカーマガジンには、名波と山口の対談が掲載され、中田英寿も含めた3人のコンビネーションについて話している姿があった。
(この対談は面白かった。まだの方はぜひ読むことをお勧めします)
そのたびに「あ、山口だ」と反応する。
確かに山口素弘は好きだし、彼が出た試合なら、何度となく見ている。
でも、正直に告白すると、日本代表やフリューゲルスでの彼のプレイをうまく思いだすことができない。試合の再現はできても、山口は映らない感じなのだ。
仕方がないので、昔のビデオをひっぱりだしてきた。
横浜フリューゲルスの天皇杯の優勝試合、99年の元旦。国立競技場だ。
これも、何度か見たんだけど、思い出すのはサポーターの応援とか、試合後の感激の姿とか、合併=消滅事件の周辺だけだ。試合がどうだったか、山口がどうだったかなんて記憶がない。
ビデオテープ(!)で見たその試合は、ほぼ10年後に見ても、十分面白いものだった。
エスパルスには澤登と健太がいて、戸田や市川がいる。アレックス(サントス)はサブのメンバーだ。
フリューゲルスには山口とサンパイオがいて、永井秀樹がトップ下にはり、サイドには三浦淳宏と波戸(いい選手ですね、改めて見ると)がいる。監督はエンゲルスだ。
前半は完全なエスパルスペースだ。フリューゲルスはボールを落ち着いて持つことすらできない。山口もばたばたしていて、見るべきところはない。
前半早々にエスパルスに点が入り、その後も、一方的なエスパルスペースで進んでいる。
「これでよくフリューゲルスが勝ったよな」と首をかしげるような展開だ。
前半の終了が近づくにつれ、山口の動きが変わっていく。プレスが激しくなり、味方を鼓舞するように、ボールに積極的にからもうとする。
多分、チームがうまく機能しないことにいらいらしはじめたのだろう。
フリューゲルスの点は、前半終了ぎりぎりの44分に決まる。このゴールはまさにアクセルを踏みこんだ山口が、すべてを演出したようなゴールだ。
山口はペナルティの手前で絶妙のポジショニングでパスを受けると、フォワードとパスをかわし、最後にはふわっとしたボールを配給する。ディフェンスが捉えにくい弾道のボールが、フォワードの久保山の足もとに落ちて、巧みに反転してシュートが決まる。
後半フリューゲルスは、緊張が解けたように動けるチームになっている。山口もその中心として躍動し、危険な場面では最終ラインにはり、攻撃時には前線にいて、こぼれダマからおしいシュートを何度も放っている。
落ち着いてボールをさばき、ワンタッチで出すこともあれば、タメを作ってサイドを使うプレイもあり、時にはドリブルさえ見せる。トップ下の永井秀樹やサイドの波戸、三浦淳宏を操っている感じだ。ディフェンス面でも、相手の攻撃を遅らせ、インターセプトをして、時には長い距離を走ってなお激しいプレスを見せる。
「ああ、やっぱり山口ってすごかったんだ」とほぼ10年ぶりに感心する。
少しづつ記憶が戻ってきた。冷めているようで熱い選手、お固いようでアイディアが豊富な選手、僕の印象はそんな感じだった。
まったくもったいない話だ。あれほど、代表やフリューゲルスのゲームを見ていたのに、素人の僕は山口の果たした役割は、まったく理解できていなかったのだから。
山口を自由にさせたら危険だ、とエスパルスが神経をとがらせていると、今度はその隙をつくように、サンパイオが演出して、2点目が決まる。
2対1。このまま試合は、感動のフィナーレに入っていく。
「山口がまさにゲームを作っていたんだ」とそう思いながら、彼の昔の本「横浜フリューゲルス 消滅の軌跡」を引っ張り出してきてページをめくって見る。
もう一度読み返すなんて思いもしなかった。その本にはこんな一節があった。

僕はワールドカップに何かを学びに行ったのではない。ワールドカップでどう勝負して、どうやって勝とうか。そればかり考えていた。そして、その答えは「日本は世界と戦っても十分勝てる」だった

そして文章はこうも続いていく。

日本人は身体能力が劣っている。運動能力も劣っている。それは仕方がないことだと思っている。でも、そういうチームが、どうやって勝負して、どうやって勝つのか。そのことを考えるのが、サッカーの戦略というものだ
だから負けたのは、単純に身体能力の差があったからといわれると、それは違うと断言できる。つまりサッカーは国によって、それぞれの戦い方がある。それを「身体能力の差、運動能力の差」で結論づけてしまったら、それこそ日本人のDNAを組み替えるしかないのだろう。
もちろん日本代表が急に世界に追いつくとは思わない。でも、そういうことを理解したうえで、少しづつ日本のサッカーの環境を変えていくことが大切なんだと思う

ありきたりな言葉にも見えるが、山口の経験から辿りついた結論なら、改めて深く響くものがある。なんか10年後の今読んでも、まったくリアルタイムな文章だ。
いや、むしろその頃から、日本代表はちっとも進歩していないように思える。
山口素弘がわかったことを、ジーコに壊されて、オシムでまた山口の地点に戻って、さらにそれがいったんご破算になって、10年前の日本代表監督が今ももがいている、、、
山口はフランスの地ではっきりと見えたものがあったのだと思う。
身体能力が優れているわけでも、足が速いわけでも、テクニックが飛びぬけてうまいわけでもない。山口素弘はまさに「サッカーがわかっている」というタイプの選手だった。
そんな山口だから、つかんだ結論があった。
でも、ことはそう簡単ではなかったんだな。
山口が見た未来から、10年の時がたっている。10年たっていれば、本当は今頃きっと、日本は世界に追い付いているはずじゃなかったのか?
山口素弘には見えていたのに、サッカー協会には見えていなかったのか?
それとも10年で僕らの進歩がなかったのか?
サッカー先進国の進歩が、僕らの予想を超えて大きかったのか?
山口素弘は指導者を目指しているという。
彼が監督として本格的に動き始めるには、まだ数年が必要かもしれない。
ふがいない展開のとき、山口がそうしていたように、指導者になっても、熱く日本サッカーを鼓舞し、少しでも前に進めてほしい。

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