JFAテクニカルレポートが抱える広大な行間

「全員がハードワークする」というこの傾向は、日本人が特性として最も力を発揮できる部分であると考えられている2006FIFAワールドカップ ドイツ JFAテクニカルレポートより

年末年始の休暇の間にJFAのテクニカルレポートを楽しんだ。JFAのテクニカルレポートは、ドイツワールドカップの分析をまとめたレポートだ。
お堅い分析レポートだから「楽しんだ」は適当でないように聞こえるが、僕は純粋にサッカーのエンターテイメントDVDとして楽しんでいる。
サッカー協会という権力を持った体制側(?)がまとめたビデオだから、なんとなく斜めに構えて見てしまうのだが、はっきり言って、これまで見たサッカーのDVDの中でも、最も面白い部類に属する。
ハイライトシーンを集めたワールドカップのスーパープレイ集よりも、ずっと面白いんじゃないかと個人的には思っている。サッカー協会の皆様、本当にご苦労様でした。
必ずしもゴールにつながらなかった場面でも、ゴールにいたるまでの隠れたプレイ、たとえばポジショニングとか、スペースを作る動きとかが、わかりやすく語られている。
知ったかぶりして語っていた言葉が、実は具体的にこういうことなんだ、というのがわかってくる。だから、もう三回ぐらい見直しているのに、「へぇー」と「ほぉー」と「なーるほど」がいっぱい並ぶ。
このレポートの一番大きなメッセージは、現在のサッカーが、「甘えの許されないサッカー」になったという点にある。守備が免除されるスーパースターはもはや存在しないのです、と重苦しい解説が語るように、90分手を抜かない守備のすごさを長い時間を割いて見せてくれる。
さて、最初は「面白い、面白い」「へぇーそうなんだ」というふうに見ていたこのDVDが、正月に見直したときにちょっと重い感じになった。
それは「甘えの許されないサッカーを実現するために、育成年代からそれを徹底していくべきだ」という趣旨のことが語られていたからだ。
これは、聞き手の立場にたつと、甘えの許されないサッカーを子供たちにも徹底させようと言っているように聞こえるのだ。
もしかしてやばいかも、と僕は腕を組んで下を向いた。
テクニカルレポートが無くても、ワールドカップと代表のサッカーは子供たちのサッカーに大きな影響を与える。スーパープレイを見た子供たちが、あこがれてマネをする、といった面ももちろんあるが、コーチやお父さんたちが結構、影響をもろに受ける。
「ゾーンプレス」と加茂監督が言うと、プレスっぽい動きが小学生のサッカーでも目立ち始める。トルシエが推し進めた守備戦術で縛るサッカーは、小学生たちの現場にも持ち込まれ、守備意識が高められて、ポジションと動きが教え込まれた。
ジーコが登場すると、口では代表とジーコを批判しつつも、「自分で判断してプレイするように」といった感じで、お父さんたちが子供に言ったりする。
そして、今はとにかく、走るサッカーが全盛だ。
そうすると、このまま行くと「甘えの許されない」守備中心のサッカーの徹底、というのが小学生たちのサッカーにも持ち込まれていくのは間違いない。
子供たちとその周りのお父さんたちが、みんな必死になって「甘えの許されないサッカー」に向かう姿を想像してみてください。
なんか、そのお父さんたちが会社で働いている姿に似てきませんか?
特に今回のドイツワールドカップが日本に突きつけた現実が悲惨だっただけに、「死に物狂いでがんばって世界に追いつかないとかなりやばい」という肌触りが日本のサッカーに蔓延している。
そもそも日本という国の経済的な勝利は、敗戦という痛すぎる出来事から、「甘えの許されない」労働時間と「甘えの許されない」品質向上の追求を基本に、「甘えの許されない」経済発展を遂げた結果から得られたものだ。
状況は酷似している。
ドイツでの歴史上もっとも痛い敗戦から、「甘えの許されない」展開で世界を目指すのは、日本人の成功体験にあまりにぴったりしすぎる。
お仕事をまじめにこなしはじめると、とても優秀な民族で、そんな日本を支えたお父さんたちが子供たちのサッカーに口を出す。

「全員がハードワークする」というこの傾向は、日本人が特性として最も力を発揮できる部分であると考えられている。言い換えると、世界のトップレベルのサッカーの流れが、日本人の特徴を生かせる方向に進んできてくれていると言ってよい。2006FIFAワールドカップ ドイツ JFAテクニカルレポートより

ちょっと待ってほしい。そんなに簡単に言わないでほしい。
そんな風にサッカーをお仕事に変えられたら、ぜんぜん子供たちのサッカーが楽しくなくなってしまう。
何かとても大きな忘れ物をしている、と僕は休みの日に公園を歩きながら悩み始めた。
ええと、もうちょっと根本から考えてみよう。
そもそもなんでこんなに世界は甘えの許されないサッカーになったのかな。
ああ、そうか。
そうしないとゴールを獲られちゃうからだ。つまり、ちょっと甘え=隙があればどっからでもシュートをうたれてしまうからだ。
一つの現象には必ずそこに背景がある。
今回の「甘えの許されないサッカー」の前には、「どこからでもいつでもゴールを狙っている」サッカーがあった、と順番から言えばそうなる。
そういえば、ヨーロッパや海外のスーパープレイを見るたび「げっ、こんなところにもシュートコースがあるんだ」とか「まさかここからゴールを狙うとは」というショックを受ける。どこからゴールになるかわからないから、どこでも守備をする。そういうことだ。
でもテクニカルレポートの中では、その辺は強調されていない。広大な行間として、放置されている。
そもそも、僕らの日本代表には「どこからいつでもゴールを狙っている」サッカーはまだない。それどころか、ドイツでの日本のフォワードときたら、、、
いや、そんな愚痴を戌年(いぬどし)のゴミ箱から掘り返すのはやめよう。
とにかく、その広大な行間を忘れたままで、「甘えの許されないサッカー」にこの国が突入したら、、、そう考えるだけで、寒気がする。
公園を散歩する僕の横を、サッカーリュックをしょった少年が、自転車に乗って通りすぎる。もうすぐ君たちのサッカーはつまらなくなるかもしれないよ、と僕はそんな感じで彼らの背中を追う。
この子たちに教えることは、テクニカルレポートで語られたことではなく、そこで語られなかった広大な行間の方なのではないだろうか?

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コメント

  1. のち より:

    最近になって読ませてもらい始めました。
    この内容にはっとさせられました。私も指導者としてチームに携わっていますが、行間を読むことができていなかったように思います。現象だけでなく、なぜ?という問いかけを自分自身に対して忘れずにしていきたいと思います。
    ありがとうございました。

  2. 指導者とのこと。
    子供のサッカーの世界も、どんどん変化しているように思います。
    どうしても、エリートとか、そういった最先端の情報に目が行きますが、子供たちがずっとサッカーが好きでいてもらえるようにしたいですね。
    ぜひ、がんばってください。
    大内

  3. 栃東 より:

    最近ちょくちょく拝見させて頂いてます。
    テクニカルレポートはまだ見てないんでこれを機に見てみよーと思います。
    大内さんの書いてることはとりあえず面白いし凄い自分のためになります。読んだ後はいつも「自分は全然サッカーの事分かってないなぁ」って思います。
    これからもサボんないで更新頑張って下さい。

  4. 栃東さん、どうもです。
    >これからもサボんないで更新頑張って下さい。
    はは。
    曜日はまちまちなのですが、一応、毎週1本書くようになっています。
    今も次のネタをうんうん考え中です。
    #もうすぐスーパーサッカーの時間だ。

  5. フミ より:

    日本サッカー協会が出したレポートは詳しくは読んでいないのですが、オーストラリア戦を「悲劇としかいいようのない負け方」といってるように、戦術分析や改善点を挙げているわけじゃないですよね。
    守備を免除されるFWなんて世界にも一握りなのだから、「ハードワーク」なんて終わってから言われてもと思います。(日本サッカー界のトップにいる方々がそんなことを今更知ったのですか?!とあきれます。)
    まだWCに出場チームの中では格下であるのだから、良い所は吸収して、やっていないことは少しでもやるという姿勢は当たり前ですよね。
    ご存知かも知れませんが、ドイツサッカー協会もWC出場国の分析本を出しています。(「Analyse Weltmeisterschaft 2006」)
    そこには、
    「3バックの左右の2人(中澤と坪井)がサイドをカバーしないため、サイドバックの三都主と加地は長い距離を走らなければいけなかった」
    「守備のときポジショニングはいいのに、受身過ぎる」
    「2トップはほとんどポジションチェンジせず、トップ下の中村は水平にしか動かなかった」
    上記三つ from Number677号
    日本とドイツのサッカー協会を比べると、差はどんどん広がっていくのではと不安になります。

  6. >ご存知かも知れませんが、
    >ドイツサッカー協会もWC出場国の
    >分析本を出しています。
    >(「Analyse Weltmeisterschaft 2006」)
    知りませんでした。調べたところ非売品なのですね。日本のところだけでも、原文で読みたいですね。
    ちょっと探してみます。
    >日本とドイツのサッカー協会を比べると、
    >差はどんどん広がっていくのではと
    印象的には、協会の小野さんと布さんはきっと信頼できる人たちなんだろうと思っているのですが、どうしても甘くなってしまう点はあると思います。世界基準で本当にベストな評価ができているかは、疑問ですね。
    協会の中に外人がいなくてもよいのですが、Jリーグで関わったヴェンゲル、ドゥンガ、シャムスカ、ストイコビッチなどの人材を客観的なご意見版として有効に活用するのがよいのでは、と思います。
    トルシエなんかも、意見が分かれるでしょうが、分析家としては結構まともな人間だと思っています。
    大内

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