ロイキーン監督のベイビーステップ

赤ん坊のように少しづつ進もう、と言ったのさ。今日もその一歩だ。われわれは正しい方向に向かっているよ。
サンダーランド ロイキーン監督 28年ぶりにホームでニューカッスルに勝利してのコメント 2008年10月26日

「ロイキーンはきっと素晴らしい監督になる」と自分のコラムで、そう僕は書いた。
根拠や確信があったわけではなくて、なんとなくそう書いた。
そう書かないと、見えないところで、ロイキーンに蹴飛ばされそうな気がしたのかもしれない。
ロイキーンが監督として成功するとしても、僕の当初のイメージは、現役時代そのままだった。サッカープレイヤーとしてのロイキーンは、ライオンで、火の玉だった。
監督になっても、きっと吠えまくって、審判に文句を言って、時には近くのものを蹴り飛ばすのだろう。監督なのにレッドカードをくらう場面だって、お目にかかれるだろうとそう思っていた。
ロイキーンは、予想通り優秀な監督になった。2部のリーグでも最下位で勝利がなかったサンダーランドを、一気にプレミアに昇格させ、そして残留をしている。チームの総合力を考えれば、これは快挙だと言っていい。
しかし、監督になったロイキーンは、選手時代とイメージがまったく違った。
ロイキーンは火の玉から、森の中にひっそりとたたずむ湖になった。監督の彼はとても静かだ。彼の周りだけ、時が止まっていると錯覚するくらいに。
そのことに今でも繰り返し驚いている。監督のロイキーンは、何があっても、まったく動じない。どんなに試合が荒れても、審判の判定がひどくても、チームがふがいない大敗をしても、彼だけは静かな湖のようにじっと腕を組んでガムを噛んでいる。
圧巻はタイン・ウェア・ダービーと呼ばれる、19世紀から続く因縁のニューカッスル戦だ(10月25日)。
サンダーランドはなんと28年間、宿敵のニューカッスルにホームで勝てていないという不名誉な歴史を抱えていた。28年間も因縁の相手に勝っていないのだ。きっと誰かが悪い魔法をかけたんだ。
でも、今のサンダーランドなら、もしかしたら、ロイキーン監督なら、その悪い魔法を解いてくれるかもしれない。
サンダーランドのホームスタジアムは、その日、異様な熱気に包まれていた。
しかし、ゲーム開始直前、ベンチにロイキーンはいない。
もうすでに選手も、これから始まるゲームに集中しようとしているときに、ロイキーンはゆっくりと、ゲートをくぐってスタジアムに入ってきた。
悪びれることなく、表情ひとつ変えずに。
遅れてきたロイキーン監督に、皆が釘づけになった。テレビの映像はずっと彼を映している。ロイキーンは、静かなままで、一瞬にしてそのゲームの主役になってしまった。
ゲームの間も、スタジアムは異様な熱気だった。フィールドのせめぎあいも熱い。
もし、現役時代のロイキーンなら、間違いなく味方にも敵にも吠えまくっていたはずだ。彼はライオンで、火の玉だったはずだ。しかし、彼は微動だにしない。
そして、サンダーランドはニューカッスルに勝った。28年ぶりのホームでの勝利だ。スタジアムは騒然となる。数10名を超える逮捕者が出るほどだった、という。
でも、ロイキーンはゴールの瞬間も、勝利の瞬間も静かなままだった。
試合後のインタビューもそっけないものだった。
「ええ、確かに勝ちましたが、それがなにか?」

今週は9百万回、サンダーランドはニューカッスルにホームで28年間負け続けているって言われたよ。でも、それは俺の記録じゃない。俺はホームでニューカッスルに負けなかった。

ロイキーンは現役時代から格好よかった。しかし、今の監督のロイキーンは、僕の中では、マーロンブランドやロバートデニーロよりも、はるかに格好よく見える。あの渋さは異常だ。
僕は元来、男くささ、とかそういうのが好きではない。どちらかというと、野田秀樹とか、ウディアレンとか、ひつじのショーンとか、そんな俳優に、シンパシーを感じる方だ。
でも、ロイキーンは、心底格好いい。
思わず、サンダーランドに雇ってもらって、「イエス、ボス」と言うところを夢見てしまう。
少し落ち着こう。
ロイキーンのサンダーランドは、因縁のニューカッスルに勝ったその後、4連敗が続いてしまった。ふがいない試合の連続だった。
その間も、ロイキーンは怒ることなく、つとめて冷静なコメントを繰り返した。
「ええ、今日は負けましたね。格が違うんですよ。それが何か?」
サンダーランドの成績はそれほどよいわけではない。しかし、チーム力から見ると、自動的に降格になってもおかしくない。実際、2006年のシーズンは、昇格した年に降格してしまっている。
しかし、ロイキーン率いる今のチームは、精神的な強さを持っている。大事な場面で踏ん張りを見せるチームになっている。
ロイキーンは言う。ベイビーステップでゆっくりと、しかし、着実に前に進むんだと。
しかし、なぜ、ロイキーンは、この熱いプレミアにあって、あれほど静かなままでいられるのだろう。彼はいったいどこを見ているのだろう?
ロイキーンが目指しているのは、サンダーランドの勝利以上のものなのだろうか?
サンダーランドにいて、彼が決してその場所に似合わないと言うつもりはない。しかし、彼はいつでも、その場所を超越した人間だ。
多くの人たちが暗黙のうちに信じているように、ロイキーンはやがて赤いクラブの監督になるのかもしれない。彼が目指しているのは、そこだろうか?
いや、それよりも、もっとずっと先を見据えているのではないだろうか?
赤いチームの、これまでの歴史にふさわしい栄光を刻むために。
高い目標を目指していれば、強い思いがあれば、人はあせらずにいられるのだろうか?
いやいや、ロイキーンだからできることなのだ。
そう思うが、きっと彼はそう言わないだろう。
「お前でもできるさ」と、そうきっと言ってくれるはずだ。
僕もできるだろうか?
ベイビーステップで、一歩一歩着実に進んでいく。強く信じる、高い場所に向かって。


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