デルボスケと安西先生 監督の言うべき言葉はそれほど多くない

「決勝前、監督が選手に言うべき言葉なんて、そんなにないよ。選手たちは、もう十分わかっているからね」
オランダとの決勝前 デルボスケ監督の言葉 2010年7月10日

ワールドカップが終わって、しばらく時間がたった。時間がたって、僕の中で一番印象に残っているのはデルボスケだ。
スペインが優勝して幕を閉じ、日にちが経てば経つほど、あの大仏おじんさんが、僕の中で大きな存在になっている。
以前、この大仏おじさんについては、書こうと思って調べたが、結局やめてしまった。
その時なぜ、書くのをあきらめたのだろう?
たぶん、実績がすごいのに、それに見合う読む人が「へー」ボタンを押すようなエピソードが見つからず、諦めたのだ。
ワールドカップの後、人に会うと、「大内さんワールドカップどうでした」と必ず話題を振られる。僕はそのたびに、「デルボスケがね、すごいよね」と、口をもごもごさせながら言う。
相手は、「デルボスケ」という名前を聞いて、誰でしたっけ? と不思議そうな顔で天井を見上げて思い出そうとする。
少なくとも僕の周辺の人たちは、優勝したスペイン監督の名前がすぐにはピンと来ない。
「ああ、そういえば」と言う感じで思い出す人もいるし、「なんか、お飾りっぽい人ですよね」と言う人もいる。「あれだけすごい選手がいれば」と、彼の手腕に懐疑的な人もいる。確かにそう見えるよね、とうなづきつつ、僕はデルボスケの紹介をしていく。
デルボスケは、スペインリーグをレアルの監督として2回優勝している。チャンピオンズリーグも2回優勝している。そこまですごい監督はそんなに多くないのに、ワールドカップでも、とうとう優勝してしまった。
その上、デルボスケは、選手時代も、きっちりレアルマドリードで何度も優勝している。
実績だけでいえば、モウリーニョなんか子供に見えるし、下手したらベッケンバウアーより、すごいかもしれない。
「そんなすごいんですか」と予想通りに驚いて、その後に「どこがすごいんですか?」と聞かれて、僕は少し黙りこむ。
「いや、それがよくわからないんだ」
そこから少し説明を試みる。
戦術は基本重視の、極めてオーソドックスなものであること。ヨーロッパ選手権から引き継いだチームを、あまり変えていないこと。自分を主張せず、選手の力を引き出すのがうまい監督であること。チームは若手から、ベテランのスター選手まで、バランスよく配置すること。ミーティングは短く、ベンチにいても、記者会見でも、感情的になることがほとんどないこと。そして、基本を重視し、忍耐強く、あきらめない監督であること。
「なんか安西先生みたいですね」と、相手が日本人監督の名前を上げる。
いつもニコニコしていて、太っていて、眼鏡が反射して、つい二重あごをいじりたくなる、湘北高校バスケ部の監督だ。
太っていて、一見お飾りに見えて、でも本当はすごくて、あきらめることが嫌いで、基本を重視する。確かに、共通しているのかもしれない。
スペインは南アフリカの大会をかなり苦しんだ。
モウリーニョのまねっこスイス(このスイスの監督もチャンピオンズリーグを2回優勝している)にまさかの初戦敗退を喫したところからチームはスタートした。
パラグアイに苦しめられたり、あのドイツまできっちりブロックを下げて守備を固めてきたり、もう何度も自分たちのパスサッカーは、研究しつくされて、ダメかと思うのだが、安西先生は少しもぶれない。
「私だけかね? まだ優勝できると思っているのは。あきらめたらそこでワールドカップは終了だよ?」
そうつぶやくと、プジョルが弾丸ヘッドをドイツ相手にぶち込むことになる。
いや、安西先生の話じゃない。
デルボスケの采配の圧巻は、オランダとの決勝で見せた、後半42分のシャビアロンソとセスクの交代だろう。
スペインは、疲れから中盤の展開が荒くなりはじめていた。90分が終了する間際に、シャビアロンソに変えて、セスクを投入する。
あの場面、デルボスケのセスクへの指示は、おそらく中盤のスペースをしっかりと埋めて、組み立てろ、というものだったのではないかと思う。
90分を過ぎようとも、いくら疲労がピークに来ようとも、自分たちの基本を貫けば、勝利は必ず手にできる、というデルボスケのメッセージだ。
シャビが上がったらセスクが下がって、そのスペースを埋める。シャビが下がったら前線のスペースを使ってセスクが上がる。
セスクは、バランスを取りながら、中盤のスペースをうまく使っていく。
そして、シャビもイニエスタも、生き返ったようにチームが躍動しはじめる。早いパスを、足先でぴたりと止めて、素早く蹴る。敵が取れない場所にボールを置いて、自分のスペースを確保する。そんな基本動作が、延長にも関らず、その鋭さを増していく。
最後の延長後半、フェルナンド・トレースが投入されるが、その時の指示も、前線のスペースがあるから、そこをうまく使おう、というものだったようだ。
結果的に、左サイド前のスペースをトーレスがうまく使い、そこからの展開で、イニエスタの劇的なゴールへとつながっていく。
スペースを見つける。そこで主導権を握る。彼の采配に特別なマジックはない。
この決勝戦の前日、デルボスケは記者会見で、こんなことを言っている。

「決勝前、監督が選手に言うべき言葉なんて、そんなにない。この舞台がどういうものか、選手たちは、もう十分わかっているからね」

デルボスケは、それだけの信頼関係を選手たちと、すでに築いているのだ。

「選手たちとの信頼関係がすべての基本だ。私の仕事は、選手たちに毎日の努力を怠らないように言うことだからね」

きっと日本の少年サッカーコーチの多くが、スペイン選手たちの、ボールをピタッと止めて蹴る、という基本を、繰り返し子供たちに語るだろう。
Jリーグのプロ選手たちだって、スペインのサッカーを見て、基本のすごさに思いを新たにしたはずだ。
そして、世界の監督の頂点に、極めてオーソドックスな、デルボスケが立っている。
そのことも、少年サッカーの監督や、Jリーグの監督たちに、響くといいと思う。
デルボスケは多くを語らない。少ないその言葉をまとめると、こんなことになるだろうか?
サッカー監督の言うべき言葉はそれほど多くない。
選手たちとの信頼関係を築き、基本の大切さを伝える。
日々の努力を怠らないよう、決してあきらめないよう、言い続ける。
デルボスケはいつもそこから始める。南アフリカの頂点も、結局、そこで終わった。

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