オシムとの残された時間

「作り上げること、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」
サッカーダイジェスト No.783 2005年5月24日 イビチャ オシム「攻めの美学その真髄」
オシムの言葉(フィールドの向こうに人生が見える) 著者:木村元彦 出版社:集英社インターナショナル /集英社

オシムは遠目にもよく目立つ。
ジェフ千葉の開幕戦 大宮アルディージャのホームゲームを埼玉スタジアムのバックスタンドから観戦した。遠くから見ていても、ベンチにいるオシムがよく目に入った。サッカーがあまり好きでない6歳の娘も、「あの白髪の人は誰?」と何度も聞いてきた。
目の前のゲームで、千葉の選手がミスを犯したり、よいプレイをしたりするたび、僕は選手たちから目を離して、オシムの表情を伺った。
大きく手を広げ、不満を口にし、怒り、ため息をつく。そういったジェスチャーの一つ一つが、スタジアムの反対側にいる僕にもよくわかった。
「ジェフ千葉の開幕戦を見に行った」という言い方は正確ではなく、実際には「ジェフ千葉監督のオシム」を見に行った、というべきなのかもしれない。
オシムの方ばかり僕が見るからだろうか、途中から、娘は自分のリュックから双眼鏡を取り出した。
「これならオシムさんがよく見えるよ」
昨年の終わりごろ、僕の最大の心配事の一つは、「オシムはもう一年日本にいてくれるだろうか?」だった。本気でそのことが心配で、いつもそのことが頭を離れなかった。オシムが今年も残ってくれますように、と願いながらお百度参りをしたいくらいだった。
そして、彼がまた千葉の指揮を執るとわかったとき、彼が指揮を執るスタジアムにできるだけ足を運ぼうとそう誓った。
オシムは昨年、さまざまな言葉をメディアに残した。
その中のほんの一つ。
「作り上げること、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」
この言葉を僕は何度も噛み砕いた。よく噛みながら食べなさい、と母親に散々言われてきたが、この言葉は、何度噛んでも噛み終わることがない。
「守るのは簡単ですよ。要は、作り上げることより崩すことは簡単なんです。家を建てるのは難しいが、崩すのは一瞬。サッカーもそうでしょう。攻撃的ないいサッカーをしようとする。それはいい家を建てようとするのと同じ意味。作り上げることは、つまり攻めることは難しい。でもね、作り上げることのほうがいい人生でしょう。そう思いませんか?」
守ってカウンター、あるいは守って引き分けに持ち込む、という手法は「簡単」と言えば怒られるが、弱いチームでもそれなりに機能する手法だ。その逆に攻撃的なサッカーを展開することは難しい。多くの人数を攻撃に裂けば、単純に守備が疎かになり、そこを敵に付かれやすい。試合がはじまった段階で、勝つ確率の低いゲームを選択したようなものだ。
それでも、攻撃的なサッカーを選択する理由は、それが美しかったり、楽しかったり、だってゴールを目指すのがサッカーなんだからさ、というそういう理由だ。
その攻撃的なサッカーが、作り上げるものだ、という発想自体、僕にはまったく無かった。
走って動いてボールを蹴りだして、ゴールを決めたり決めなかったり、そしてゲームが止まったと思ったら、すぐ次の動きが待っている。サッカーは、いつも動いている流れるようなスポーツで、ましてジェフ千葉の徹底的に走るサッカーは、もっとも流れが激しい。
そんな激しい川の流れのようなものを、オシムは「作り上げている」と言っている。
そのオシムの言葉を噛み締めてから、サッカーの監督という仕事が、一つ一つレンガを積み上げて家を建てるような仕事だ、ということに妙に納得がいった。
人生もそうですね。時間という流れの中で、一瞬でも同じ状態はありえない。経験を積み重ねて、前よりは楽になる部分があっても、毎日、毎日、何か新しい事態が待っている。その中で、自分は何を作り上げていくか?
大げさだと笑うかもしれないが、本当に僕は毎日オシムの言葉を噛み締めて、「作り上げる」ために今日は何ができるか、と考えるようになった。
オシムのサッカーを見て、オシムの言葉を噛み締めているうちに、人生が少し攻撃的になってしまったのだ。
さて、ゲームは、4対2で、ジェフ千葉の完敗だった。退場者を出してしまったことも影響したのだろうが、後半のジェフ千葉には覇気が感じられなかった。
昨年とほぼ同じメンバーで、もうオシムサッカーは完璧だ、ということではまったくなかった。選手もオシムのサッカーを十分にわかっているだろうが、まだ足りないものがたくさんある。
キャプテンの阿部がゲームのあと、とても悔しそうな表情をしていた。
想像でしかないが、彼はしまった、と思ったのかもしれない。オシムと一緒にサッカーができる時間はもう残り少ない。だから、こんな不甲斐ないサッカーをして時間を無駄にしてはいけないのだ、と。
オシムもため息をついていた。彼も思っているだろう。
4年目だというのに、結局、また、一からチームを作り上げていかなければいけない、と。
毎日違う人生なのに、そのことだけは昔と変わらない。
でも、それが楽しい。
それがサッカーで、それが人生だからですよね、オシムさん。
※この文章は「激!伝説動画」(旧名:日本蹴球劇場)のために、昔のコラム「イビチャ オシム」を書き直しました。

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