モウリーニョ 彼が選手にもてるのは?

「これまでいろいろな人に影響を受けてきたけど、でも、私は、他人の言ったことをただ受け入れる、というタイプじゃあない」
モウリーニョが語るコーチング哲学(JOSE MOURINHO TALKS ABOUT HIS COACHING PHILOSOPHIES)
英国リーグ監督協会ホームページでのインタビューから

学生時代の話なので、すごく昔だが、ある女の子が「違う言葉を話すから」と答えた事がある。「なんでその男を好きになったの?」という質問に対する、それがその女の子の答えだった。
そんな言葉が、突然、それもよりによって、チェルシーの監督のモウリーニョについて考えているときに、思い出されるのだから、人間の記憶はつくづく不思議だ。
好きになる理由が「顔」でも「背の高さ」でも「ファッション」でもなかったので不思議に思って、もうちょっと突っ込んでその子に聞いたところ、「違う言葉を話す」というのは、何も珍しいことや、奇をてらったことを話す、ということではなかった。
そのころの僕は、その話が全然わからなかった。わからなかったから、余計に記憶の縫い目に食い込んだのだろう。
ところでモウリーニョだ。
チェルシーというプレミアリーグのチームを、結局2回連続で優勝させてしまった。その前のポルトガルの「ポルト」というチームもリーグ優勝を2回しているので、これで監督として連続4回のリーグ優勝である。
モウリーニョはマスコミを通すとひどく攻撃的になる。
だからといってモウリーニョが、独裁者のような言葉使いで、チームを優勝に導いているわけでは決してない。
選手たちのモウリーニョに対する信頼、というのは絶大で、チェルシーにしてもポルトにしても、勝つための集団を作り上げる力は相当に高い。
「彼は優れたコミュニケーターだ。彼は選手たちに自分の言葉で話すことができる」
UEFAのテクニカルディレクター アンディ・ロクスバー(Andy Roxburgh)が、モウリーニョとのインタビューの後、彼を評して、そう語っているが、同じようなことを、ポルトやチェルシーの選手たちも言っている。
選手たちは、モウリーニョの言葉に特別な力を感じている。つまり選手たちに「もてる」男なのだ。
モウリーニョは、どんな言葉を話すのだろう?
「これまでいろいろな人に影響を受けてきたけど、でも、私は、他人の言ったことをただ受け入れる、というタイプじゃあない」
そうモウリーニョは言っている。若いコーチたちへのアドバイスとして、彼が語っている言葉だ。
「たとえば、スコットランドで学んだトレーニング方法にしても、自分なりに発展させてきた。ボビーロブソンやルイスファンファールのもとにいても同じだ。ロブソンのために世界中を偵察している時だって、自分なりの考えを提示してきた。僕のあとに続く若い人たちには『私がやったことを、そのまま鵜呑みにするな』と言いたいね」
“Along the way, I have been influenced by some people, although I have never been the type to just accept the truth of others. For example, I still have in my mind some exercises I did with you in Scotland, but from these I tried to develop my own variations. The same with ideas from Bobby Robson and Louis van Gaal. Even when I was scouting for Bobby around the world I got ideas. I tell youngsters who are trying to follow me, “don’t accept what I give you as the pure truth.”
モウリーニョは、自分の言葉を話す。他のコーチや監督とも、まったく違って響く。
でも、恐らくそれは、奇をてらったことや、珍しいことを話してはいないと思う。恐らく同じ言葉を話してもいても、モウリーニョの言葉は、選手たちにきちんと響くのだ。
少年サッカーの現場でも、子供たちがぴたっと話すのをやめるコーチと、そうでないコーチというのがいる。
子供たちが耳を傾けないコーチの方は、結構たくさんのことをしゃべっているし、あながち悪いことも言っていないし、時には怒って声を荒げたりしているのだが、これが子供たちにはまったく響かないのだ。
ところが、別のコーチが話しはじめると、同じ子供たちなのに、その態度と空気が、すっと変わる。
「みんなとにかくこのボールを好きになろうな」
とか、そんな単純なことを言っただけで、ボールを持つ子供たちの手に「ぐっ」と力が入るのがわかったりする。
少年たちに話しかける。プロの選手に話しかける。好きな女の子に話しかける。
3つは、もちろん、ぜんぜんレベルもシチュエーションも違っている。
でも、結局、言葉の意味とか内容ではなく、借り物でない言葉を話す、という点で同じだ。
「言葉」は「文字の連なり」や「意味」だけの道具ではなくて、「自分」とか「人間」そのものとセットなのだ。
「経験」と言ってもよいのだろうけど、単純な年数ではない。自分や相手と真剣に向き合った時間の質、それが結局、「言葉」に含まれてしまう、そんなふうに僕は感じている。
……ところで、今この年齢になって、その女の子の言っていることがわかった気がする、、、でも、もう少し早ければねえ。
※「激!伝説動画」(旧名:日本蹴球劇場) 掲載のため過去のコラム「モウリーニョ そのコーチ哲学 」を大幅に書き換えました。

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