人生はプチ俊輔

「選ばれた以上は一瞬でも気の抜けたプレーはしない。選ばれなかった人たちのためにも頑張ろうと思う」
ドイツワールドカップ登録選手発表 中村俊輔の記者会見のコメント

ドイツに向けて日本代表の23人が発表された。
日本が出るワールドカップはこれで3回目だが、今回も発表前の胸のドキドキ感はあった。自分が選ばれるわけでもないのにドキドキするのだから、当の選手や選手の親の心中は尋常ではないだろう。喜びと同じかそれ以上に挫折感も深い。
日本代表に限らず、サッカー選手は、「選ばれる」という行為をいくつも経験してここまで来ている。サッカー選手を目指す少年たちにとって、「セレクション」は小学校の6年生ごろからはじまって、その後もずっと続いている。挫折や失意の仕掛けは、早くから現実として彼らの前にある。
小学校の「セレクション」の場面で、スタッフが言う言葉がある。「あくまで今この時点での結果でしかありませんから」と。
選ばれなかった、選ばれた、両方の親と子供が、この言葉の行間を抱えて家に帰っていく。
4年前の日韓ワールドカップの時に、中村俊輔は「選ばれなかった」一人だ。
「ワールドカップのメンバーから外れてしまう」という人生の間違いから、4年を経て俊輔は目標の場所にやっとたどり着いた。
中村は代表のリストの自分の名前を見て何を感じたのだろう。
「僕の人生はいつでもこんな感じだ」と中村が思ったかどうかはわからない。
中村は恐らくそこに名前のなかった人間たちに思いをはせた。個々の名前ということではなく、そういう現実に思いをはせた。

「今回落ちた人もみんなこれまで代表のユニホームを着て頑張ってきたんだし、僕も4年前に代表落ちを経験しているので、そういう人たちの気持ちはよく分かっている。だから今回、選ばれた以上は一瞬でも気の抜けたプレーや、W杯の場にふさわしくないようなプレーは絶対にしないように気を引き締めて、選ばれなかった人たちのためにも頑張ろうと思う」

中村俊輔少年は、中学時代に日産(現在の横浜Fマリノス)のジュニアユースというクラブチームの育成組織に選ばれた。20人ぐらいの「地元じゃ負け知らず」な少年たちが選ばれている。その子供たちが競争をして、中学3年の夏が過ぎると、そこで今度はユース(高校年代)に上がるために、また「選ばれる」というプロセスを通る。
中学3年の夏が終わり、ユース(高校年代)に上がる子が告げられたが、そのリストに俊輔の名前は無かった。中学という多感な時期に、落とされるという経験はきつい現実だっただろう。
結局、中村俊輔は桐光学園という高校サッカーの名門で、中心選手としてその力を発揮する。そしてマリノスに再び戻り、そこからの活躍はよく知られている。ワールドカップをめぐる俊輔と同じだ。「駄目だった」が「よかった」に変わる成功体験は、すでにこの時の俊輔にあった。
僕は23人とそこに名前がない人を思いながら、「人生とは時々、プチ俊輔だな」とつぶやいた。
僕の身の回りには転職を重ねてきた人間が多い。彼らに共通するのは、前の「駄目だった」は、大抵次の「よかった」につながっている、ということだ。
上司との確執(=トルシエ)、不満足な役割(=左サイド)、外人との難しい仕事(=レッジーナ)、思いもしないトラブル(=怪我)、でもその一方で、成長していく自分と、かけがえの無い仲間たちが、一つの線になってつながっていくのを感じる。
ワールドカップ出場はサッカー選手の夢であり、敗れた夢がそのままの形で追えない人々もいるだろう。でも、人生にはいつでも必ずその先が用意されている。やがて「駄目だった」がつながって、「よかった」に変わる日が必ず来る。

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