川口能活と中田英寿 この二人を結ぶキーワード

「ヒデだけが、試合中に頭を切り換える速さが僕と同じなんです。やっぱり世界を戦ってきたからかなあ」「28年目のハーフタイム」 金子達仁著 1997年

ワールドカップ、日本の初戦オーストラリア戦。日本国民の多くが注目する世界大会の最後の6分間での3失点。川口能活の体の後ろで、ボールがゴールネットを3回揺らす。
そのとき、ゴールキーパーにどんな嫌な感覚が残るのか、僕にはとうてい想像できない。
キーパーとはそういう職業だと言ってしまえばそれまでだが、本当にその「やられた気持ち」を、何でもなくやり過ごすことなどできるのだろうか?
生身の人間であれば、それはいつまでも後を引きそうな「負け」だったはずだ。
うーーん、もし僕がその場面に立っていたら?
いや、自分がその場面から、次の試合に向けて立ち直れるかどうか、ほぼまったく自信がないですね。
けれども、川口はその次のクロアチア戦で、極めて純度の高い集中力を見せる。
「最悪の展開です」とテレビの解説者は、日本がPKを取られた瞬間にそう言った。守りの堅いクロアチアに簡単に、一点を献上すれば、日本が勝つ可能性は限りなく低くなる。解説者の言葉は、日本中が想像した「やっぱり駄目か」という思いだった。
しかし、川口の構える姿を見ているうちに、日本中がこう考える。ひょっとして、この男なら止めるかもしれない。
そして川口はPKを止める。

「PKを止めた場面は、最初右に飛ぼうと考えていたが、空気を読んで左に飛んだ」(エルゴラッソ 6月20日号)

「日本チームには神様が二人いるのよねぇ」
とそのとき妻がつぶやいた。
それまでは勝利に対して疑いを持っていた僕らの頭の中から、綺麗にオーストラリア戦の屈辱が消え、この男がいれば勝てるかもしれない、という思いが熱くこみ上げる。
川口の神の手が、日本中の頭を切り替えさせた瞬間だった。
川口を書こうと思って、本棚から昔の本を引っ張り出してきた。そして最近の川口のインタビューも一通り読んでみた。
昔の本は、ブラジルに日本が勝ったアトランタオリンピックを描いた1997年の本だった。最近のインタビューは、ドイツ大会を前にしての川口の2006年のインタビューだった。

「正直言ってムカつくこともありましたよ」という中田に対する思いは、「ヒデだけが、試合中に頭を切り換える速さが僕と同じなんです。やっぱり世界を戦ってきたからかなあ」というものに変わった。川口と言えばシュートを捕ってからのフィードの速さに定評のある選手だが、A代表の場合、彼が投げる先の8割は中田である。(28年目のハーフタイム 金子達仁著)

「ヒデなんかは若いころから代表で一緒ですし(中略)。特にヒデは攻守の切り替えが本当に早いんです。僕がボールを捕った瞬間に彼が動き出すのが目に入るから、すぐにフィードして、そこから攻めるというのが一つの形になっていますよね」
(ナンバー652 2006年5月18日号)

「切り替える」と僕はつぶやいた。
「切り替える」、そんなにこれまで注目してこなかったその言葉が、僕の頭の中で大きくなる。
「試合終了のホイッスルは、次の試合開始のホイッスルである」
日本サッカー育ての親と言われる、デットマール・クラマーの言葉である。
でも、僕にはこの言葉がどうして、人々の記憶に強く残る特別な言葉なのか、よくわからなかった。
でも、今なら少しだけわかる。
多分、この言葉は、「切り替える」ことの難しさと大切さを、表現している一行なのだろうと、そんな風に考える。
川口とヒデという二人の男は、ともに世界大会をいくつも経験して、この場所に立っている。この10数年の日本のサッカーの歴史は、この二人と重ねて語られることになるだろう。
彼ら二人の何が特別なのか、と考えたとき、「切り替える」というキーワードが、頭に張り付いた。
サッカーは続くし、人生は続く。
切り替える力があれば、人は強く生きることができる。

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コメント

  1. 匿名 より:

    先日 このブログを発見して楽しく読ませて
    いただいてます。
    次の更新を楽しみにしております。
    知り合いの方にこのブログを紹介したところ
    其の方は 知ってました。。。
    大内さんご自身を知っておられたようでした。
    日本は負けましたが 
    良いワールドカップだと
    僕は思ってます。
    ベスト8決まったので
    うれしいような 終わる寂しさもあるような。。
    ただ 4年後への始まりでもあるわけですけどね^¥^
    では 駄文ですが失礼します。

  2. 須賀龍之輔 より:

    ありがとうございます。

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