阿部勇樹が本当に戦う日

アテネ五輪で自分たちのサッカーができなかった悔しさは今も強く残っている。Number618 2005年1月13日「山本ジャパンとは何だったのか」から阿部の発言

アテネオリンピックに、谷間の世代と言われる日本代表が出場したことを覚えているだろうか?
そのときの予選や本選を戦ってきたメンバーの何人かが、昨日のガーナ戦(キリンカップ)に出場していた。
ちなみに、2004年の8月のその日、一戦目のパラグアイ戦は3対4で負け、次のイタリア戦は2対3で負け、最後の試合がガーナ戦だった。
一番大事な緒戦、パラグアイ戦は、キャプテンだった那須がボール処理をミスして、開始5分に失点している。その後も、選手のポジション、戦術が短い間に変わり、クエスチョンマークがいっぱい頭に残ってしまう、とても後味の悪い大会になった。
この山本監督が率いたチームは、ずっと迷走を続けていた印象がある。
そもそもが、アテネ出場を勝ち取るアジアの予選を、キャプテンとして、核になって戦った鈴木啓太が、本選の選考にもれた時点で、僕は許せない怒りを覚えた。
オーバーエイジの問題があり、メダル獲得と言う高い目標を抱えた中で、山本監督にとって難しい決断だったのかもしれない。それでも、指揮官の都合でチームの柱が不在になってしまったチームに、とうとう闘争心は生まれてこなかった。
阿部勇樹もボランチではなく、右のディフェンスとして起用されることが多かった。
なれないポジションというのもあったが、それ以上に「ボランチ」としての自信を持ち始めた阿部勇樹にとっては、プライドを傷つけられる采配だった。
まるで将棋の駒のように、そのときの都合で変えられてしまっては、自分の本来の力を出し切れない。

ウソって思いましたよ。自分をボランチとして評価していないのかなって受け止めるしかなかった。ほんと悔しかった。見返してやろうっていう気にしかならなかった。

技術の高い優秀な選手を揃えながら、チームとしての実力をとうとう出し切れずに、「谷間の世代」は、その名前を返上できずに、記憶の中に埋もれていった。
そのアテネの時のガーナ戦でも、昨日の試合で10番をつけていたアッピアという選手が核になっていた。アテネでは、阿部と今野が、アッピアを封じ込めて、大久保のゴールで1-0の勝利をもぎ取った。
今回のガーナのチームにもアッピアはいた。しかし、それほど自由にさせなかった印象がある。
やはり最終ラインにポジションを取った阿部勇樹と今野が作ったディフェンスラインは、大きな崩壊をせずに、見事な守備を見せていたと思う。(今野には一つ大きなミスがあったし、阿部は危険な位置でファールになるプレイがあったが….)
しかし、今回も、勝つための気迫のようなものは、今野や阿部からは匂ってこなかった。
5万の入場者とはいえ、日産スタジアムでは、少し空席が目立つ客席から、今野や阿部のディフェンスを見ながら、アテネのことをぼんやりと思い出していた。
阿部勇樹の技術は高い。
もしかしたら、ディフェンス、攻撃面、フリーキック、ポジションバランス、そういった総合力では、今、日本一かもしれない。ボランチにいても、最終ラインにいても、阿部が入った場所は、大きな穴が無く、安定感がある。
阿部勇樹はずっと「おとなしい選手」と評されてきた。アテネのときも、山本監督は、自分から積極的にフリーキックを蹴りに行かない阿部をどなっていた記憶がある。
しかし僕は少し違う見方をしている。
ジェフ千葉の試合を生で見ていると、時々ふと、阿部の周辺から闘争心のオーラが激しく燃え立つような印象を持つ時間帯がある。
そうなった時の阿部は手がつけられない。闘争心に火がついたときの阿部のプレイは、見ているこちらもぐっと乗り出す魅力があり、マンツーマンでついた相手にはまったく何もさせず、通すパスは速く正確でゴールに直結する迫力がある。
闘争心はあるのだ。
火がつけば、それは世界レベルで戦えるほどに燃え立つ。
事実、アテネで中途半端なポジションを割り当てられた悔しさから、帰国後のゲームでは激しいプレイが見られた。
特に、アテネ代表チームの監督だった山本昌邦が率いたジュビロあいてのときには、激しかった。

山本(ジュビロ監督)さんに負けるのだけは絶対にイヤだったんです。自分はボランチでプレーしていて、山本さんはJでまだ勝利を挙げていなかった。初勝利を挙げられるのだけは絶対にイヤだって思っていました。

その後、オシム監督のもとで、ジェフ千葉の若きキャプテンとなってから、おとなしい阿部勇樹が、闘争心を見せる割合は高まってきているように見える。
それでも代表でプレイするときには、なぜかその火が点火しない。
実にもったいない。
人には、もって生まれた特性がある。それは長所になりえるはずだが、長所にできるかどうかは、本人の気持ちにかかっている。
強みを人前で徹底的に出す、という教育を僕らは受けていない。あるいは、逆にそういった強みを出す、という発想そのものが欠けている。
阿部勇樹には、闘争心という隠れた強みがある。
しかしその強みを彼はまだ自分で意識していない。それを積極的に表現しようとはしない。ふと偶然に火がつくと、誰も手をつけられないほどに燃え立つのに、それは継続しない。
強みを意識するべきなのだ。そしてその強みを恥ずかしいほどに表現するべきなのだ。
もし阿部勇樹が普通のうまい選手で終わりたいなら別だ。そうではないはずだ。世界レベルで闘いたいと思うなら、彼は本気で自分の強みと向き合うべきだ、と思っている。
もう暖かい目で、阿部勇樹を見守る時間は終わっている。

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