久保竜彦 パートナーのそばを離れるな

タツ(久保)の動きや位置をしっかりと目で把握していなくても、自分がボールを持ったらこう動いてくれるだろうと、大体の感覚で蹴っている時もあった「奥大介が語るクボタツのツボ」 週刊サッカーダイジェスト 2006年2月21日号

それはまるで詰め将棋のような展開だった。
「もれなく久保もついてきたりして・・・・まあ、さすがにそれは無いか」
奥大介が横浜FCに移籍することが確定的になった時点で、僕らはそんな冗談を言っていた。でもまさかそれが本当になるとは思ってもいなかった。
奥大介が横浜Fマリノスからゼロ円提示を受けたとき、最初の一手を打ったのは横浜FCだった。この一手を打つ際に、横浜FCはどこまで「展開」を予想していたのだろう。
僕らと同じような冗談を言っていただけかもしれないし、誰かが用意周到な詰め手を予想していたのかもしれない。
奥大介が横浜Fマリノスからゼロ円提示を受けたときの苦しみは、奥大介の奥さんのブログ(女優の佐伯日菜子さん)に詳しい。複数契約まで解除して、チームから「君は不要だ」と言われたサッカー選手がどれほど苦しむかは、その記事を読めば痛いほどよくわかる。その痛みは、親しい久保竜彦にも伝わったはずだ。
奥大介の移籍が横浜FCに決まると、今度は久保竜彦が横浜Fマリノス残留を保留にする。
その時点で今度は横浜FCなどいくつかのチームが久保竜彦にオファーを出す。久保のふるさとでもある福岡も入っていた。
そのころ、横浜Fマリノスが、水面下で奥大介を再び引き止める交渉を行ったという奇妙なニュースが流れた。
久保竜彦と奥大介と奥の奥さん(ああ、まぎわらしい)は、家族のように仲がよい。

「クリスマス時期、ダンナの携帯の着信はほとんどクボタツ(久保竜彦)選手だった。(中略)ダンナはいつからクボタツ君の代理人になったのだろうか?」スポニチアネックス 佐伯日菜子 BOA SORTE 2006年1月17日の記事

それがよく知られた事実としても、まさか本当に久保が奥の移籍を理由に、Fマリノスから離れる決断をするとは、Fマリノス側は考えてもいなかっただろう。
慌てたFマリノスは、戦力外通告をした奥に、今度は一転、残留の再交渉をする。もちろんこんな失礼な申し出もない。奥大介は首を横に振る。
そして、横浜Fマリノスは、取締役も乗り出して、久保の最後の説得を試みるが、久保は首を縦に振らない。金額が条件にならないことに、Fマリノスはようやく気がついた、というのが本音だろう。その久保には、フランス視察中の高木監督から国際電話が入る。
そして久保の横浜FC移籍が決まる。
久保竜彦が「知り合い」や「仲間」の信頼を大事にするレベルは常識を超えている。
そもそも広島時代の若き日に「知らない人とはサッカーをしたくない」とサテライトからトップへの昇格を嫌がったというし、やはり広島時代に信頼する森保の移籍が決まると、「オレも一緒に出る」と本気で移籍を志願したという。日本代表に呼ばれても、知らない人たちとサッカーがしたくない、と参加を嫌がったという話まである。
その久保竜彦が奥大介とパスを交わすのは、トルシエ時代の日本代表だ。そのときから久保にとって奥のパスは特別なものになる。
そして、ともに横浜Fマリノスでプレイし始めると、二人の呼吸はぴたりと合い始める。

「感覚というか・・・徐々にタツ(久保)の動きや位置をしっかりと目で把握していなくても、自分がボールを持ったらこう動いてくれるだろうと、大体の感覚で蹴っている時もあった。阿吽の呼吸というか、パサーと受け手としての関係は確かに築いてこれたと思う」

そして奥と久保のホットラインは、Fマリノスを2連覇に導く。
「ダイスケとタツが良ければ、このチームは負けないよ」
松田が当時語っていたように、このコンビの威力は絶大だった。
逆に言えば、岡田武史がチーム作りにおいて、この二人のコンビを壊した(二人の怪我も大きな原因)ことも、Fマリノスが低迷する一つの要因だった、と見ることもできる。
サッカーには、時々目を見張るコンビがいる。ヴェルディ全盛期のカズとラモス、ジュビロの名波と藤田、セレッソの森嶋と西澤、ガンバ時代の二川と大黒もそうだろう。
恐らく二人の間には、言葉は不要だ。どのケースも、この二人が別れたり、怪我や戦術の影響でコンビが不調になると、一人の一人のパフォーマンスは著しく下がってしまう。
音楽のバンドや演技の世界、お笑いの世界でも、息のあったパートナーの関係は大事だ。
僕の場合もそうだったりする。
僕は、今フリーで活動をしているが、仕事をしていても、突出して仕事がやりやすい相手がいる。デザイナーとかプログラマとかディレクターといった人たちの中に、この人と仕事をすると、妙にしっくり来る、という人がいる。そこには年齢も性別も関係がない。
お互いにそんな「しっくり感」を言葉で確認することはないが、まあその辺は言わなくても、互いにわかっているような気がする。
サッカーの世界で、そんな二人のパートナーシップを維持するのは難しい。
二人が一緒に移籍を志願するなどというのはないし、二人を一緒に取るというオファーもないだろう。
しかし、久保はパートナーシップを優先した。
「まるで子供みたいだ」と久保の選択を笑うこともできる。
しかしプレイの瞬間に言葉を交わさない世界で、何よりも大事なのは、自分のためにパスを出してくれる相手との信頼関係だ。そう久保は本能的に判断している。
2007年横浜FCの始動日、横浜の春ノ木神社での必勝祈願式、久保の絵馬には「家族健康」という空気の読めない4文字があった(ちなみに高木監督は「一戦必勝」)。
その絵馬の文字をじっと見つめる久保の姿が印象的だった。
久保が書いた「家族」の文字の中には、きっと奥大介も含まれているだろう。
家族や仲間たちが幸せになれば、久保も力を発揮する。
やがて、その久保竜彦の家族に、高木監督やカズも加わるかもしれない。久保の腰の痛みを気遣うトレーナーの姿も入るだろう。
久保の「家族」が広がっていけば、久保も横浜FCもその潜在力を爆発させるかもしれない。
横浜ダービーが今から楽しみだ。

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