ジョゼ・モウリーニョが着ているコート

だから、サッカーのいい点も悪い点も、よくわかっているつもりだ。いつか、僕にもよくない日は来るよ。TIMES ONLINE(www.timesonline.co.uk) 2004年11月14日 ジョゼ・モウリーニョ インタビューより

「このモウリーニョの着ているコートがほしいな」
テレビに向かって僕がそんなことをつぶやく。
「同じものを着たって、モウリーニョになれるわけないじゃないから」
そうまっとうな突っ込みをして同居人が笑う。
「でも珍しい。服がほしいなんて言うの、はじめて聞いた」
そうかもしれない。
ファッションどころか、モノへの執着がないから、他人の着ている服をほしいなどと思ったことは、今までなかった。
でも、その日のモウリーニョは、とてもカッコよく見えた。
プレミアリーグ チェルシーのポルトガル人監督は、傲慢(Arrogant)で有名だ。攻撃的で、負けず嫌いで、相手がクライフだろうとライカールトだろうと、ベンゲルだろうと徹底的にやりこめる。
そして、この男のチームは強い。
その強さは、見ていてファンタジーのかけらもない。現実的で徹底している。
この男を敵に回したら、捨てゼリフを言う余裕すら与えてもらえない。
こんなに嫌な男の、子供時代を想像することは、だからとても難しい。
常に目の前の勝利のことしか話さない男だから、子供時代の写真は見たことがない。彼が子供時代の自分について話すこともほとんどない。
それでもモウリーニョにももちろん子供時代はあった。
モウリーニョの父親、フェリックス・モウリーニョは元ポルトガル代表のゴールキーパーだった。そしてその後にサッカーチームのコーチになった。
10代のモウリーニョは、その父親のコーチの仕事を手伝っていた。選手のスカウティングを担当していたという。
一つのインタビューがある。
Q: あなたは十分成功していますね。でも、困難に直面したとき、どうやって乗り切っていきますか? それはコーチなら誰にでも起こることですよね。
A:そのとおりだ。でも私はサッカーをよく知っている。9歳か10歳のとき、父親が、クリスマスの日にコーチを辞めさせられたのを覚えているよ。多分、試合の結果がよくなかったんだろう。12月の22日か23日の試合に負けたんだと思う。クリスマスの日の昼食のまさにその時間に、電話が鳴って、父親が首にされたんだ。だから、サッカーのいい点も悪い点も、よくわかっているつもりだ。いつか、僕にもよくない日は来るよ。
Sure, but I know football very well. I was nine or 10 years old and my father was sacked on Christmas Day. He was a manager. The results had not been good ?  he lost a game on December 22 or 23. On Christmas Day, the telephone rang and he was sacked in the middle of our lunch. So I know all about the ups and downs of football. I know that one day I will be sacked. I know that one day the results will not be good.
サッカー選手としてプロ経験がなく、まったくの無名にも関わらず、モウリーニョがこうしてサッカー監督をやっているのは、彼の父親がいたからだ。
子供のときの父親の記憶。
しかもクリスマスの日である。父親は七面鳥をさばく大事な役割があるはずだし、それは家族のための特別な日だ。
それでも父親は、なにやら長い電話をしている。そんな日にする長電話が、前向きな話であるはずもなく、何かよくないことが起こっていることは、父親の背中を見ていれば、9歳の少年にだってわかる。
そういう記憶は、いつまでも深く刻まれているものだ。
そういう父親がカッコ悪いか、というとそうではない。息子にとって、トラブルに巻き込まれている父親は特別だ。
僕にも父親がいる。立派な父親だが、なぜか彼のカッコいい姿を思い出すことはあまりない。頭に浮かぶのはトラブルに巻き込まれて、背中を丸めて電話をする姿だったりする。
僕にも息子がいる。僕は僕の父親よりもずっと情けない男だから、息子が立派な父親の姿を思い出すことは一生ないはずだ。
モウリーニョにも家族がいる。
ポルト時代、チャンピオンズリーグの優勝カップを持って、妻と子供たちと写る写真がある。慌しい移動の合間に撮られた写真に写るモウリーニョは、もちろんあのモウリーニョだが、ぜんぜん違う。
柔らかくて優しくて幸せそうで、涙が出るほど家族を愛している一人のポルトガル人だ。
2007年1月20日、リバプール対チェルシー戦のスコアは2対0。
チェルシーは、まったくいいところがなくゲームが終わる。リーグ戦では2ヶ月半ぶりの敗戦だ。こんなに駄目なチェルシーを見るのは、はじめてだ。
本職のセンターバックがまったくいない中、マケレレも欠いてしまって、守備はぼろぼろだった。エッシェンがセンターバックになったことで、中盤で相手の攻撃を摘み取り、守備から攻撃に転換するいつものリズムがまったく作れない。
きっと徹底的に負けた今日のモウリーニョを、彼の妻や子供たちは見ているだろう。
モウリーニョも、今トラブルの中にいる。もう少ししたら、子供の前で深刻な電話をしているかもしれない。
それはサッカーに関わっていれば、普通に訪れるトラブルだ。
怪我人が続出する。点が決まらない。試合に勝てない。チームのオーナーが介入してくる。メディアが「もうモウリーニョも終わりだ」と騒ぎ立てる。勝手に次のチームの話も出る。アウェイ・スタジアムの観客は「バイバイモウリーニョ」と歌う。
僕もテレビの画面に映る彼をじっと見ている。
負けた試合でフィールドを去る選手一人一人を丁寧に迎えるモウリーニョがそこには立っている。テレビに映ることを承知で、逃げずに選手を迎えている。
試合後のインタビューでも、彼は選手を責めることは決してなかった。
なぜかその日、負けたモウリーニョがカッコよく見えて、その身にまとっているコートを、僕も同じように身にまといたいと思った。
一人の男として、息子として、父親として。

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