ディルク・カイト 今シーズンもっとも幸せな選手

「父は僕が5歳のころからサッカーをずっと見てくれていた。今シーズンも父が見守ってくれることが、僕にはとてもうれしい」ディルク・カイト デイリーメール紙のインタビュー 2007年5月19日

ヨーロッパの今シーズンを振り返って、一番印象に残る選手は誰ですか?
メッシ、ビジャ、カカ、ロナウド、ルーニー、ドログバ、それに終盤になってやたらに力を発揮してきたベッカムなんていうのもあるかもしれない。
僕は今シーズンを通して、リバプールのカイトという選手をずっと見ることになった。
今シーズンの最初、リバプールに出場した彼を見て、あれいい選手だなと思った。特にすごいという印象はないのだが、ふっとそこに目が行ってしまう、そんな感じだった。
でも、そこに目が行ってしまうのではなく、いいポジショニングをしているから、目に入りやすいのだ、ということがわかってきた。
たとえばこんな感じだ。
リバプールが前線にボールを送る。しかし敵に取られる。カイトが追いかける。相手のディフェンスが慌ててパスを出す。パスが乱れてリバプールにボールが渡る。
カイトは今度は低く深い位置にポジショニングをしている。ポストプレイでジェラードにボールを渡す。
サイドにボールが出る。カイトは全速力でゴールに向けて走っている。いや少し微妙に弧を描いて、巧妙に相手ディフェンスの前でボールを待つ体制に入る。
サイドからボールが入るが、カイトを超えて反対サイドの選手に入る。いったんボールが戻される。またカイトが低い位置にいて、ちゃんとポストになって、ダイレクトで走りこんできた味方に渡す。その選手がシュートをする。こぼれ球が出そうだと思うと、またカイトがぎりぎりのところに飛び込んでいる。
どこが特徴だとは言えない。
ベラミーとクラウチというまったく違うタイプのフォワードと組んでも、カイトは高いパフォーマンスを見せる。特徴があれば、そうはならないのかもしれない。
このフォワードと組んだらこうしてほしい、という動きをカイトはする。この場面では、そこにいてほしい、という場所にカイトは必ずいる。
ベニテスはチャンピオンズリーグの決勝でカイトをワントップで起用した。それは監督のカイトへの信頼の証だったに違いない。
アンリ、ドログバ、ルーニー、クラウチとプレミアの有名フォワードを並べると、こうカイトの置き場所というか、存在感は希薄になってしまう。今シーズンは得点ランキングの8位ぐらいだ。
それでも、リバプールの試合を見ると「あ、カイト出てるね」となりじっとカイトを見る。「ああ、またその場所にいる」とか「ああ、やっぱり最後はフリーになってる」とかいいながら、「うんカイトいいよね」で終わる。
シーズンがはじまってすぐのリバプールの試合で、ディルク・カイトを映す映像に、アナウンサーの言葉が入った。
「今日はお父さんがスタジアムに見にきています。がんの手術を乗り越えてスタジアムで観戦しているそうです」
でも、その後、僕はカイトと父親のエピソードはすっかり忘れていた。プレミアを見ながら、「カイトいいよね」と繰り返し確認しながら、少しづつ時が過ぎていった。
この春に僕の父親が緊急で入院する、という事態になった。結局、それほど慌てるほどのことではなかったのだが、普段病気をほとんどしなかった父親だけに、僕は相当に驚いた。
父親が病気になって、自分に出来ることがとても少ないことに愕然とする。結局自分に出来ることは、見舞いに行くことぐらいしかない。
情けない気持ちで、病院を出て歩いていると、ふとカイトのプレイが頭をよぎる。
人間の記憶は時々そういういたずらをする。イングランドのスタジアムの映像が突然頭を埋める。
「今日はお父さんがスタジアムに見にきています。がんの手術を乗り越えてスタジアムで観戦しているそうです」
そのゲームでカイトはゴールを決めた。

「僕ら家族にとってとても辛い時期だった。ここに移籍したときは、父親のがんの手術からほんの数日しかなかったんだ。どんな家族にとっても、父親ががんになるなんて大変なことだ。僕の場合は、そんな時期に違う国に移籍しなければいけなかった。イングランドはそれほど遠くないかもしれないが、オランダにいれば毎日会えたんだ。だからとても遠く感じるよ」

スタジアムでプレイするすべてのサッカー選手には家族がいる。そして病気をしようがしまいが、その姿を見守っている。
それはプレミアのスタジアムでも、少年サッカーの校庭でも変わらない。

「父は僕が5歳のころからサッカーをずっと見てくれていた。今シーズンも父が見守ってくれることが、僕にはとてもうれしい。彼は無口で、気の利いたアドバイスをくれたりはしない。でもお互いに目をあわせればわかるんだ」

この週末も、僕は父親の家に足を運んだ。病気は治っていない。父と病気の付き合いは長くなりそうだ。
父親は妙によく喋るようになった。僕は父親の言葉にうんうんとうなずく。
頭の中でカイトが絶え間なく前線で走り回っている姿がかぶさる。
ヨーロッパのチャンピオンまであと少しだったな、と僕はぜんぜん違うことを考える。
でも、今シーズン、彼はサッカーのゴールで父親に感謝を伝えられたんだな、と。

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