ポリバレントが少年サッカーに与える影響

指導で気を付けなければならないことは、自分の目で見て足りないことばかりに手を出さないことです。そのような方法では抜けた個性は出てきませんし、永遠に何かが足りないままです2005年8月 スポーツナビ 風間八宏氏インタビュー

子供たちのサッカーを見にふらっと試合会場に行って、サッカーコーチと話をする。試合を見ながら、ぼそぼそと話を交わす。
ちょっとうまかった子が、その後どうなったかを聞くと「伸び悩んでますね」と浮かない表情をしている。
目の前では、うまかった子が、ボールコントロールに失敗して、相手に奪われる、という場面が何回か続いている。ボールを持った後、次のアクションに迷っているように見える。確かに、昔はもっとのびのびとボールを扱っていた印象があった。
その子は、サッカーがうまくなりたくて、親も結構熱心なようだ。高学年になり複数のチームに参加した。ちょっと名の知れたクラブチームにも通いはじめたようだ。
「いろんなコーチにいろんなこと言われて、かえって迷っちゃってるんじゃないかな」
子供のサッカーの育成は本当に難しい。
親と子供とコーチ、この三者の思惑がまったく違っている。
ここ何年かそういう風景に接して、気がついたことは、実はその三者の中で、もっとも視野が狭く、すぐに結果を求めたがるのが「親」だ、という点も事情を複雑にしている。
親が自分の子供のために、いろいろなことをしたり、口を出したりするのだが、必ずしもうまく行くとは限らない。
今回、アメリカに行く機会があって、ちょっと熱心なサッカーパパと話をした。
アメリカでは、試合の間、全員が平等にプレイできるように気を使い、技術の差、体力の差は、そのまま受け入れながら試合を進めていく感じだ、という。低学年では、勝敗を言わない試合も多いという。
アメリカでも、親の熱心さは変わらない。試合中は結構親がうるさい。かけている言葉は激しいが、でも、さっぱりして、後を引く感じが無い。一見してその対応はおおらかに見える。
まあ、映画館でも、どうしてこんなつまらない場面で大笑いするんだ、というぐらい激しくリアクションをする彼らだから、その辺はもう根本的な違いなんだろう。
アメリカの子供たちは、複数のスポーツを経験する、という話はよく知られた話だ。地域によって違いはあるが、季節によってプレイするスポーツが変わっていく。
もちろん、個々のスポーツだけに視点をあてれば、技術面ではマイナスの影響が大きいのだろう。それでも子供たちがリフレッシュして、視野の広さや人間性を高めていく、という面ではプラス面が大きいように見える。
サッカーがこれだけアメリカの子供たちに普及しても、「プロ選手」という道筋は彼らにとって、あまり現実的でない。
それよりも、子供たちが楽しんで、スポーツを通してよい経験を積んでくれればよい、という。まあ、言われてみれば、親としてひどくまっとうな場所に身を置いている。彼がアメリカの代表では無いにしても、その立ち位置はちょっと考えさせるものがある。
一方、日本に目を向けると、お父さんたちは、選抜やトレセンと言う言葉に強く反応する。どうやったら受かるか、という情報が彼らの間を行きかう。
そういったトレセンを通り抜けて、少し上の学年、ジュニアユースや、ユースでトップを目指す子供たちに目を向けると、なにしろすべての時間がサッカーでうまっている。そんなに練習や試合ばかりで、つぶれてしまわないか、と心配になるぐらいにハードワークが続く。
そんな彼らの日常を見ていると、技術は向上しても、かえって人間の思考能力、対応能力は落ちていくんじゃないか、と心配になる。
コーチとの話は、やがてオシムサッカーの影響という話になる。オシムが悪いわけではもちろんないが、「あんまりいい感じじゃないですね」という。
たとえば、ボールタッチを少なく展開しようとする。子供の段階では、むしろ少しでもボールを自分の力で運ぶことの方が重要かもしれない。
たとえば、広いフィールドを常に走ることが重要視される。走ることが必ずしも得意じゃない子供もいる。
たとえば、ポリバレントという言葉から、何でもできるようにならないといけない、と思い込んでしまう。得意分野を伸ばすよりも、不得意分野に力を注いで、調子を狂わせてしまう。
コーチは言葉を濁したが、「子供たちはまあいいんですけどね」という言葉尻に、「親」がそう考えがちだ、という様子が窺えた。
日本でサッカーの育成段階を進んでいくと、親にもコーチにも「ここが駄目だからがんばって直す」という指導が、主流を占めているように思う。子供たちも、そちらの方が受け止めやすい印象を受ける。
僕ら日本の親の考え方は、ちょっと受験色が強く、すべての科目でよい点数を取るように子供たちに要求してしまう。考える力よりも、解答欄をすばやく埋めるテクニックに偏りがちだ。
「技術の不得意分野を直して、何でもできるようになる。そしてトレセンや選抜に合格する」
親の視野はそんなふうに狭くなり、かえって子供たちの対応能力が狭くなってしまわないだろうか?
オシムの「ポリバレント」という言葉がちょっと心配だ。この国では、代表監督の言葉は、想像以上に少年サッカーの現場に影響を与える。
「ポリバレント」という言葉で、オシムが求めているのは、オールラウンドな技術力よりも、高い対応能力、判断力の方じゃないだろうか?
そして、それは欧米に軸足を置いた言葉にも見える。もともと自分の得意分野、自分の領域を重視する「スペシャル」を重視する人間性があって、その上で「ポリバレント」を求める。
この国の選手は、むしろ逆だ。何をやっても器用にこなす。やがてオシムも、日本に必要なのはむしろ「スペシャル」の方だ、と思う日が来るかもしれない。
少し足りないぐらいのほうがいい。
そう考えるのは、この国では難しいことなのだろうか?

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コメント

  1. 加納秀益 より:

    私の友人のブログが少々炎上していたので、リンク先の大内様のブログを拝見しました。
    とても、興味深い記事が多く参考になりました。
    友人のブログが炎上したおかげで大内様のブログと出会えて、ある意味感謝してます。(笑)
    私は引退後Jリーガーのキャリアサポートに関わっています。成功するために代償は必要だと思いますが、手に入れたものと比較するとあまりにも代償が大きすぎるのがJリーガーの現実です。
    サッカーのポリバレントの記事に関連して、「スポーツは人生の一部分であり、サッカーはスポーツの一つにしか過ぎない。選手として輝ける時間よりも引退後の人生の方が遥かに長い」というサッカーと人生のバランスについて、楽しい記事をお待ちしております。

  2. >友人のブログが炎上したおかげで
    いや、そういう出会いもあるのですね。
    思わず笑ってしまいました。でも炎上した友人の方は相当落ち込んでいることと思います。
    さて、
    >引退後Jリーガーのキャリアサポート
    とのこと。
    Jリーガーだけでなく、途中でプロになることをあきらめた人たちはたくさんいますよね。
    一方で、かえってプロになったことで苦しんでいる人もいるように思います。
    >サッカーと人生のバランス・・・ 
    サッカーをプレイした経験がない僕にはとても書けないテーマですね。
    でも、何かヒントがあれば書いて見るかもしれません。
    よろしくお願いします。

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