日本のサッカー選手

日本代表 出なかったけど矢野貴章の可能性を考えてみる

2009年03月30日

「夢を与えてくれる選手ですよ。小学生たちに『矢野はお前より下手だったのに代表まで行けたんだぞ』と勇気づけることができますから(笑)」
鎌田晃司氏の言葉 矢野貴章が小学4年で選抜された「浜松JFC」の技術委員長
日本代表はひとまず勝ち点3を取った。 いつものように、ゴールを作る最後のところだけ、大きな課題が、例によって、引き続き、懲りもせずに残った・・・・・

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末っ子の遠藤保仁が日本の先頭に立っている

2009年01月09日

「戦い方は十分に通用したと思う。このスタイルで間違いない」
マンU戦後の遠藤保仁のコメント
遠藤保仁は男ばかりの三兄弟の末っ子だ。そのことに僕は、なんとなく納得いく部分がある。「末っ子だからああなんだ」という見方は安易だろうか?  でも、どこかで兄弟構成と、その人を結びつけて考えたくなる・・・・・

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柏木陽介と朴智星 若いころのJ2は買ってでも

2008年02月13日

「才能ある若手にこそ挫折を経験させなければならない。挫折はその選手を成長させる最大の良薬だからである」
クライフの有名な言葉
僕の妻は柏木陽介が好きなようだ。 「サッカー選手にいい男がいない」と、ぶつぶつ言うのが最近の彼女の口癖なのだが、柏木陽介はちょっといいらしい。 なんで柏木がいいの、と質問をすると、「だって、どこにでもいるんだもん」との返事。 「はあ?」という感じの答えだ・・・・・

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石川直宏 二度好きになった選手

2007年10月16日

足も遅かったんですよ。本当に遅くて(中略)でも、サイドをやるうちになんかスピードがつくようになって、スピードでも勝負できるようになってWEBサッカーマガジン 石川直宏インタビュー 2001年5月24日
フィールドをサッカー選手が駆け抜けていくのは、いつ見ても気持ちのよい風景だ。ディフェンダーを一人二人と振り切って、風に乗って、あるいは風を起こして、「ダーッ」という音が僕の頭の中でも鳴っている。 サイドを上がってクロスを上げる、FC東京の石川直宏はそんな「駆け抜ける選手」の代表格だ・・・・・

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宮本恒靖というマネージメント

2007年06月27日

Referee, this is not fair ! You must change the side. You can ask a commissioner.You should think about it.
2004年のアジア杯 あの場面でレフェリーに宮本が言ったと伝えられている言葉
闘莉王が代表合宿から離脱した。今は怪我を治して一日でも早く戻ってきてほしいと願うだけだが、アジア杯に向けて一抹の不安が出来てしまった。それは、ディフェンスの機能ではない。そうではなく、チーム全体にとってリーダーの不在という問題が出来たことだ。・・・・・

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遠藤保仁と中村と中村 3つの捨てがたいリズム

2007年04月04日

「僕自身ボールに触ってリズムを作っていくのが仕事だと思うので」
遠藤保仁 ナンバー675 2007年4月15日号
日産スタジアムに座って、本当に久々の日本代表戦を見た。3月24日、キリンカップ 日本代表対ペルー代表。 「久々の日本代表?」  いや本当はそうではない。関東で行われる日本代表戦には欠かさず行っている。 「久々」と感じたのは、日本代表を待つ胸の高鳴りの方だった。 10番をつけた俊輔がもうすぐピッチに立つ、それも青いユニフォームを着て・・・・・.

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今野泰幸 彼以外は考えられない

2007年02月16日

「叩き潰すくらいの気持ちで。それくらい圧倒的な差を見せたいといつも思っています」
Number671 2007年2月15日 今野泰幸インタビューより
サッカー少年たちが顔を寄せ合って、次のワールドカップの日本代表のフォーメーションを、自分たちで勝手に考えている。日本のベストメンバーが揃わない状況が続く中、子供たちも、しびれを切らせているようだ。もちろん、そのフォーメーション表がオシムに届くことはないわけだが、それはとても楽しい作業だ。 俊輔が絶対必要だ、松井だ、稲本だ、と言っている中で、一人だけ「今野泰幸」を強行に主張しているサッカー少年がいた・・・・・

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久保竜彦 パートナーのそばを離れるな

2007年01月26日

タツ(久保)の動きや位置をしっかりと目で把握していなくても、自分がボールを持ったらこう動いてくれるだろうと、大体の感覚で蹴っている時もあった
「奥大介が語るクボタツのツボ」 週刊サッカーダイジェスト 2006年2月21日号
それはまるで詰め将棋のような展開だった。 「もれなく久保もついてきたりして・・・・まあ、さすがにそれは無いか」

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中村憲剛と日本サッカー フィジカルの弱さこそが世界への道

2006年12月21日

そういう意味では、小さくてよかったかな、と思いますけど
NHKにんげんドキュメント「サッカーは楽しさだ」12月15日放送
また一年が終わる。 今年は、僕にとってもサッカー界にとっても、とても特別な一年だった。きっと10年後、20年後、50年後に振り返れば、この年がすべての変わり目だったと思えるだろう。

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小笠原満男の「かな」転職がうらやましい

2006年11月10日

そうやって新しい世界に触れれば触れるほど、海外でやってみるのも面白いかなと思うようになりました。
Number664 小笠原満男インタビュー
最近、僕が生きているインターネットの業界では本当に転職が多くなってきた。統計を見たわけではないので、確かな現象とはいえないが、少なくとも僕のまわりでは、会社を移る姿をよく見る。 特に最近目立つのが、いわゆる76世代と呼ばれる、今30代になった人たちが転職する姿だ・・・・

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阿部勇樹が本当に戦う日

2006年10月05日

アテネ五輪で自分たちのサッカーができなかった悔しさは今も強く残っている。
Number618 2005年1月13日「山本ジャパンとは何だったのか」から阿部の発言
アテネオリンピックに、谷間の世代と言われる日本代表が出場したことを覚えているだろうか? そのときの予選や本選を戦ってきたメンバーの何人かが、昨日のガーナ戦(キリンカップ)に出場していた。 ちなみに、2004年の8月のその日、一戦目のパラグアイ戦は3対4で負け、次のイタリア戦は2対3で負け、最後の試合がガーナ戦だった・・・・

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播戸竜二が噛み締めている言葉

2006年09月24日

自分で限界を決めないで欲しい。俺も25歳まで海のものとも山のものともいえない存在だった。でもそこから飛躍してここまできた。お前にもそれができる
パトリック・エムボマが播戸にかけた言葉 播戸公式サイト 2005年5月16日の記事より
なぜオシムは、播戸を呼ばないのか。それが、最近の家族会議で持ち上がるテーマの一つである。 「日本代表は相変わらずの決定力不足で悩んでいます」と言うニュースが流れるたびに、「だから、播戸じゃん」と安易に突っ込むのだ・・・

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小野伸二を待つ人々

2006年08月18日

「おいじちゃんになってもボールが蹴れるならやっていたいなぁ」
小野伸二インタビュー 月間バーサス 2004年12月号より
もう5年以上も前の話だが、小野伸二が少年サッカーの一日コーチをする場所に居合わせたことがある。スポンサーだったコンピューターメーカーの催しだった。 いったい浦和レッズの誰が来るのか、参加者には事前に知らされていなかった。どうせ知らない選手が来るんだろうぐらいに思っていたので・・・・

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中澤祐二 僕ディフェンダーになりたいんだ

2006年08月03日

とにかくできる限り走りたい。ただひたすらに。またサッカーが、楽しくできるように
週刊サッカーダイジェスト 2006年8月1日 No.854 中澤祐二「”一時停止”を解く答えを探して」より
1年ぐらい前の話だったと思う。少年サッカーのコーチと話したときのことだ。 「最近、ディフェンスをやりたいって子が増えている気がします」 コーチはそういって首をかしげた。 「昔は、そういう子は滅多にいなかったんですよ」 なぜですかと聞くと「中澤のせいだと思いますよ」と答えた・・・・

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サッカー 中田英寿が取り組む仕事

2006年07月05日

「今後プロの選手としてピッチに立つことはないけれど、サッカーをやめることは絶対にないだろう」
nakata.net 引退のメッセージ
あるパソコン雑誌で、Googleという検索エンジンの仕組みを紹介する連載を持った。そのとき、僕はGoogleの創業者や技術者たちの論文、特許の申請書類、周辺の記事を読み漁った。そういった書類と格闘しながら、検索エンジンの中味を、文章で組み立てる日々を過ごした。そんななかで、おぼろげながらGoogleの凄さがわかったような気がした・・・

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川口能活と中田英寿 この二人を結ぶキーワード

2006年06月21日

「ヒデだけが、試合中に頭を切り換える速さが僕と同じなんです。やっぱり世界を戦ってきたからかなあ」
「28年目のハーフタイム」 金子達仁著 1997年
ワールドカップ、日本の初戦オーストラリア戦。日本国民の多くが注目する世界大会の最後の6分間での3失点。川口能活の体の後ろで、ボールがゴールネットを3回揺らす。 そのとき、ゴールキーパーにどんな嫌な感覚が残るのか、僕にはとうてい想像できない・・・

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巻 誠一郎はずっと変わらない

2006年06月10日

「ある人は僕らのひとつひとつのプレーが一生の忘れられない思い出になる人もいるだろうし、ある人は僕らのプレーで勇気や元気をもらって帰っていく人もいるんだよね…」
巻誠一郎のブログより(http://ameblo.jp/seiichiro-maki18/)
神様が「巻」の名前を最後に呼んだ。 そのときから、テレビの報道に巻の名前があふれ、インターネットの検索エンジンでも「巻 誠一郎」という言葉が、大量に検索されはじめた。スポーツショップには、巻の背番号11番の日本代表ユニフォームを求めるオーダーが殺到した・・・・

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人生はプチ俊輔

2006年05月27日

「選ばれた以上は一瞬でも気の抜けたプレーはしない。選ばれなかった人たちのためにも頑張ろうと思う」
ドイツワールドカップ登録選手発表 中村俊輔の記者会見のコメント
ドイツに向けて日本代表の23人が発表された。 日本が出るワールドカップはこれで3回目だが、今回も発表前の胸のドキドキ感はあった。自分が選ばれるわけでもないのにドキドキするのだから、当の選手や選手の親の心中は尋常ではないだろう。喜びと同じかそれ以上に挫折感も深い・・・

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相馬直樹の引退

2005年11月15日

「W杯の出場権を賭けた戦いはサッカーであってサッカーじゃない。勝つか負けるかだけが問われる戦争なんです。」
フランスW杯最終予選を終えて
エルゴラッソ 2005年11月14日 ありがとう! 相馬直樹 引退特集

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ゴンのPK

2005年10月02日

ただ、コースを狙って後悔するよりも(思い切り蹴ったほうがいい)という部分が自分自身にあったので
ジュビロ磐田公式ホームページ 2005 J1第26節 東京ヴェルディ1969 vs ジュビロ磐田 中山選手のコメント

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中田英寿 初めて前を向く戦い

2005年06月16日

「日本にとって3度目のワールドカップは、初めて前を向くための大会になる」
ワールドカップ出場を決めた翌日、帰国会見での中田英寿の発言より
サッカーダイジェスト 「カリスマの指針」 2005年6月28日号 から引用
スタジアム観戦はテレビと全然違う。 当たり前じゃないか、と言われそうだが、大きく違うのは「選手の存在感=オーラ」がびんびんと感じれらる点だ・・・・

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カズ 三浦知良

2005年04月08日

あとは、人を使う、つまりコーチングですよね。言葉って物凄く大事なんだな、というのがだんだんわかるようになってきた。若いころは、コーチングで試合に勝つことがあるなんて、思いもよらなかった。黙ってても意思の疎通ができるのがプロだろう、と思ってた、そうじゃなくて、実際に言葉を出すことが大事なんだと今はいつも実感してます
Number 625 創刊25周年特別編集号 4月21日号 山本アナウンサーのカズへのインタビューから
ええっ! そうなのかぁ・・・・。カズにして 「声を出すことの大切さ」 「言葉の大切さ」 を知るのか・・・・・

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中田英寿とジーコ

2005年03月31日

中田英寿の場合、どのポジションでも全身全霊で戦うタイプの選手だと思う。 そういった意味で、今回彼が帰ってきて、この2試合をやったことは、彼の中に大きなものがあったと確信している。自分に与えられたものの中から、常にチームへの貢献を考えて積極的に行う。もちろん、試合の中でも。
ジーコ バーレーン戦後の記者会見から スポーツナビ 2005年3月31日
ジーコは、中田を信じている。 なぜなら、彼には強い気持ちがあるからだ・・・・

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中山雅史 成長しつづける男

2005年03月10日

「素直な選手はよく伸びる」というけれど、ゴンは素晴らしい「耳」を持っている。素直とは決して従順という意味ではない。自分が伸びるためのヒントを常に探している、ということだ。ゴンは、私の言葉やチームメートの言葉を聞き漏らさない。こちらの発信に対して、受信状態が常にクリアなのである。37歳というあの年齢になってもなお・・・・・
山本昌邦指南録
山本監督のこの本自体は、決して「お勧め」、、というわけではないのですが・・・

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[ 大内範行のブログ ]