「僕自身ボールに触ってリズムを作っていくのが仕事だと思うので」遠藤保仁 ナンバー675 2007年4月15日号
日産スタジアムに座って、本当に久々の日本代表戦を見た。3月24日、キリンカップ 日本代表対ペルー代表。
「久々の日本代表?」
いや本当はそうではない。関東で行われる日本代表戦には欠かさず行っている。
「久々」と感じたのは、日本代表を待つ胸の高鳴りの方だった。
10番をつけた俊輔がもうすぐピッチに立つ、それも青いユニフォームを着て。
試合前のスタジアムには、「待ち焦がれていたものが帰ってくる」という抑えきれない興奮が充満していた。
厳密に言えば、僕らは「俊輔」を待っていたわけではなく、ちゃんとした日本代表チームを待っていたのだ。
僕らは長らく日本代表を忘れていた。そう思いながら、懐かしい雰囲気にひたったが、試合がはじまり、俊輔が最初のサイドチェンジのパスを出したときに、急速に冷めていく自分を感じた。
久々の日本代表が帰って来たと思ったが、実はそうではないんだ、とそのことに気がついた。もう「日本代表」は帰ってこない。あくまで「かつての」、そして「僕個人にとっての」という意味だが、、、、
昔々、最初にこのスタジアムに座ったときは、確か大雪の日だった。横浜国際スタジアムのこけら落としは、1998年3月1日、ダイナスティカップの日本対韓国戦だった。
大雪の中で日本代表を待つ列に並んだ。
とてつもなくサッカー観戦には向かなかった天気だったが、それでも僕は中山と城のゴールに興奮した思い出しか残っていない。雪が降ろうが構わなかった。日本代表を見る喜びがあれば、それでよかった。
ずっと日本代表に注目してきたが、今、目の前で動く日本代表のユニフォームは、昔のそれとはすっかり違っていた。多分そうなんだろう、と薄々は感じていたのだが、俊輔が帰ってきて、どうしようもなくそのことに気がついた。
遠藤保仁がよくなかった。見ていて、とてももどかしく思えた。でも、きっとそれほど悪かったわけではないのだろう。いつもどおり、ボールをもらう前の動きがほれぼれする。「ススス」と動いて「トントン」と刻む、控えめにたたくリズムが、遠藤保仁の魅力だ。最近は、ファールをもらう動きも職人のようだ。
物足りなく思えたのは、多分、ガンバ大阪で見る遠藤保仁の方が、何倍もすばらしいリズムを刻んでいるからだろう。
憲剛は確かによかった。縦にリズムをつくり、遠藤保仁とも俊輔とも違う、風を切るような動きをチームにもたらしていた。それでも、川崎フロンターレで見ている憲剛に比べれば、どこかおとなしく思えた。足元で止めて、すばやく小さな足の動きで、速い縦パスを前線に送る。「タタ、タタン」というリズムが聞こえるようなパス出しが、その日、代表の中では少し遠慮がちに見えた。
俊輔はよかった。チームにタメをつくり、そのタメがサイドの翼を大きく広げるようなリズムを与えていた。「ズン(ウンウンウン)パーン」というリズムだ。それでも、俊輔がボールを持つたびに興奮する観客の声には、正直そんなにすごいかな、と首をかしげた。Jリーグを見ていれば、もっとすごい場面には、たくさん出会える。
それにしても、と僕は腕を組みながら、スタジアムを後にする。
遠藤保仁と中村と中村。海外組、国内組などという偏見を取り去れば、遠藤保仁も中村も中村もどれも甲乙がつけがたい。
この3人の刻むリズムを聞けただけでも、その日の日本代表戦は元を取った気がしてきた。
3人がそれぞれに違う呼吸感覚で、チームのリズムを刻む役割をする。
「ススス、トントン」と「ズン(ウンウンウン)パーン」と「タタ、タタン」
ひょっとすると、オシムのサッカーにとって、3人の中では憲剛の刻む「タタ、タタン」のリズムが、一番フィットしているのかもしれない。
そう、最近僕は、サッカーの試合のリズムについて、それを少しだけ肌で感じられるようになってきた。
横浜FCの試合を見ながら、「ああ、山口はずっとこれまでチームのリズムを刻んできたんだ」とやっと今年になって気がついた。後ろから前へ、山口がパスを出すタイミングが、チームのリズムになっている。
オフサイドもろくに見分けられないまま、サッカーを追いかけ続けてきた僕は、そのことにずっと気がつかずに見てきた。すごくもったいない気分だ。
今、日本にこんなに素敵なリズムを刻む3人の男たちがいる。
僕がバンドマスターだったら、次のアジアカップでは、どのリズムで試合を刻んでみようか。長丁場になれば、そのリズムは、日本代表と言えども、チームとして溶け込み、もっとリズミカルになるはずだ。
遠藤保仁か、中村か、それとも中村か?
「ススス、トントン」か、「ズン(ウンウンウン)パーン」か、それとも「タタ、タタン」だろうか?
コメント
憲剛選手大好きbパスも的確やし、最高です