プスカシュ 50年前のスタジアムに降り立つ少年

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彼のような左足があれば、右足はいらないさプスカシュを評した言葉 (Times Online 2006年11月17日の追悼記事より)

「今週は誰を書こうか?」
コラムのネタに困ると、僕はそうサッカー少年に語りかける。
三浦淳宏、ブッフバルト、ロナウジーニョ、マルディーニと様々な候補が挙がる。でも、どれもしっくり来ない。
「プスカシュがいいんじゃない?」
突然、サッカー少年が意外な伝説的プレイヤーの名前を口にする。
「え? プスカシュ? そんな古い選手なんで知っているの?」
彼はニワカ勉強ながら、その太ったハンガリー人がどれほど偉大な選手かを力説する。平成生まれの少年が一生懸命、1950年代のプレイヤーについて説明するのを聞くのは不思議な感じだ。
「映像は見たことあるの?」
「あるよ、ネットで見たよ。すごかったよ」
プスカシュは確かに偉大だ。
ここで、ちょっと彼の業績を復習してみよう。
ハンガリーという名前を最近のサッカーでは聞かないが、プスカシュがいたころのハンガリー代表は、歴史上もっとも強いチームだった。
「マジックマジャール(Magical Magyar)」(マジャール人=ハンガリーの民族)と呼ばれた伝説の代表チームは、4年間無敗の記録を持ち、しかも平均得点は4点以上、という超攻撃的なチームだった。
プスカシュは、その「マジックマジャール」の中心選手だった。
小柄で太っていて、ヘディングができない。足もそれほど速くない。左足しか使わない。
それでも、プスカシュは、18歳で代表デュー試合で得点した後、代表戦84試合で83得点を挙げた。ハンガリーの伝説的プレイヤーだ。
少年が見たというネットの映像で、プスカシュのゴールシーンを見てみよう。映像はYouTubeに上がっている。
1953年の11月にサッカーの聖地イングランドのウェンブリースタジアムで行われた、イングランド対ハンガリー。
プスカシュは、サイドから来たグラウンダーのボールをペナルティエリアで受ける。そのままシュートに行こうとするが、イングランドのディフェンダーが走りこんでくる。
そのとき、プスカシュはシュートを蹴るふりをして、左足の裏でボールをタッチした後、すばやくそれを後ろに引き戻す。そして飛び込んできたディフェンダーを軽くいなして、左足でゴールを決める。
「こうやってさ、足の裏を使うフェイントは、プスカシュがはじめて使ったらしいよ」
そう少年は自慢げに語り始める。
イングランドのディフェンダーは、面白いようにフェイントにひっかかり、あさっての方向にスライディングしてしまっている。

「(イングランドのディフェンダーは)勘違いした火に飛び込む消防車のようだった」(like a fire engine going to the wrong fire)屈辱的ホーム敗退の記者コメント(Times Online 2006年11月17日の追悼記事より)

試合は6対3でハンガリーの勝ち。サッカーの母国をコテンパンに打ち負かしている。
これはイングランドが、外国にホームで負けた最初の屈辱的な試合でもある(アイルランドに負けているが英国人は、外国という意識は希薄)。
ちなみに復讐に燃えたイングランドは翌年5月、ハンガリーに乗り込んだが、まったく歯が立たず、7対1で負けている。
イングランド人は途方にくれただろう。
その映像を改めて見て驚くのは、ゴールまでの展開だ。
ハーフラインよりも後ろでボールを持ったプスカシュが見方に軽くパスをする。その後は、ワンタッチでハンガリー代表がボールを動かす。選手も止まっていない。前に走りながらボールが選手の間をワンタッチで進む。
そして、最後には足が遅いのに、ゴール前にまで走りこんでいたプスカシュが未来形のフェイントでゴールを決める。
「あれ? これってジェフのオシムサッカーに似ていない?」
そう僕は声を上げた。
考えながら走るサッカーであり、ボールも人も動くサッカーであり、ポジションが流動的に動くサッカーであり、少ないタッチ数で一気にゴール前に進むサッカーだった。
「うん、似てるね。だって、トータルフットボールはオランダより前にハンガリーがやってたらしいよ」
50年以上前に、ハンガリー代表は、まさにトータルフットボールをやっていたのだ。まるで、マジックマジャールは、未来から舞い降りて来たチームのようだ。
オランダでクライフを中心に据えて、トータルフットボールを実現したミケルスもそのことを語っている。

トータルフットボールは私の発明ではない。50年代にはハンガリーがやっていたミケルスの言葉 「1974フットボールオデッセイ」西部謙司 著

それにしても、、、、
プスカシュのすごさに感激する一方で、インターネットのとんでもなさにため息をつく。
平成生まれの少年と1950年代の伝説的プレイヤーが、インターネットで出会ってしまうのだ。その時間はほんの数時間。
「プスカシュ」
少年がたまたま気になった人の名前が、検索エンジンとネットを通じて、あっという間に、50年前のウェンブリースタジアムのゴールシーンにつながってしまう。
今夜は変な夢を見そうだ。
夢の中で、少年の脳細胞がサイバースペースをどんどん伸びていく。そして、50年代のウェンブリースタジアムに少年は降り立つ。
そこではプスカシュがゴールを決め、英国人で埋まったスタジアムは沈黙に包まれている。

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