ポール・スコールズ 静かに唸って観るのが正しい

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「ピッチの上でも、いいプレーをした時やゴールを決めた時には『困ったな。これで試合後にインタビューを受けなきゃならない』なんて思ってしまうんだ」
ポール・スコールズ プレミアシップマガジン 2004年3月号インタビュー

プレミアが開幕して、僕の中でうれしかったのは、マンチェスターユナイテッドの中央にスコールズが立っていたことだ。スタメンを見た時、「ああ、スコールズだ」と思って、少し幸せな気分になった。
開幕戦のオールドトラフォード、チームはぱっとしなかったが、観客は、スコールズの何気ないプレイに、静かな拍手を送っていた。その静かなさざ波のような拍手が、また僕を幸せな気分にした。
それはたとえば、こんな場面だ。
スコールズがサイドにパスを出す。サイドに敵が寄せられて、中央に大きなスペースがある、そこを見逃さずに、スコールズは素早く前に進み、中央でフリーになってパスを受ける。パスを受けた、その瞬間にスタジアムに、静かな拍手がさざ波のように起こる。
プレミアの観客の拍手には、いつも唸ってしまうが、こういうスペースをうまく使って、プレッシャーのない場面を作ると、拍手がやってくる。スコールズへパスを出した選手への賛辞もあるだろうが、この場面は少し特別な気がした。
迫真のプレイとか、激しいぶつかりあいとか、ひたむきな走り、とかそういう素人目にわかりやすいエネルギーが出ていたわけではない。しかし、確かにそのスコールズの動きは、チーム全体を、攻撃に向けて押し上げる役目を果たしている。
もちろん、そのプレーがよかったのだが、多分、スコールズを開幕試合で見れて、彼に対する尊敬や感謝の気持ちが、かなりその拍手の行間に混じっていたように思う。
しかし、それにしても、ここで、この拍手か・・・
サラサラヘアーのベッカムが全盛だった時代、スコールズは僕にとって「ズドン」の人だった。「出た。スコールズのサンダーボルトがまた炸裂した」なんて、プレミアのアナウンサーが叫ぶようなミドルシュートだ。
ただ、そのころの僕にとって、スコールズは、今ほど重要な存在ではなかった。僕が最初にミドルシュートを意識したのは、スコールズがきっかけだったが、正直言えば、それ以上の存在ではなかった。
本当の意味で僕が、彼を好きになり、彼のプレイに唸り始めたのは、大分最近になってからだ。スコールズが、原因不明の視力低下で長く戦線を離脱し、復帰したその後からだ。その後も、膝の怪我も抱え、まだ痛みを残したままプレイをしているようだ。
彼がシュート体勢に入ると、今でも「ズドン」という音が僕の頭で鳴る(いや、実際に声に出している)。ただ、残念ながら昔のように、ミドルシュートは炸裂しない。
今シーズンの開幕2試合のプレイを見ても、正直スコールズからゴールの匂いは消えている。
「ズドン」がなくなった代わりに、見えてきたのが、そのリズムの作り方だ。正確なボールタッチ、何気ない感じで出す正確なパス、ルーニーと見せるパス交換からゴールを作りだす流れ、そういったプレイだ。
おそらくサッカーをよく知る人にとっては、何をいまさら、という感じなのだろう。
僕が信頼するサッカー通も、スコールズのプレイになると、「むむ」とか「うーん」とか、ポジティブな木村和司のような唸り声をあげて、唸ってみている。しかし、唸るばかりで、説明がない。どうも彼の唸り声から察するに、「すげーなそのパス」とか「たまらんなその間の取り方」という感じらしい。
改めて、スコールズについて調べてみると、とにかくあらゆるトッププレイヤーが彼を称賛している。ファーガソンが、スコールズはマンチェスターユナイテッドの歴代のベストイレブンに入る、と称賛しているのを筆頭に、ジョージベスト、クライフ、ジダン、ビエラと、数え始めたらきりがないほめ言葉がスコールズを包んでいる。欧州一とか世界一とか、一番尊敬しているとか、そのほめ方も突き抜けている。とても社交辞令とは思えない感じだ。
確かにゴールの匂いは薄れ、運動量も少なくなった。スライディングのディフェンスも、雑になった面もある。それでも、彼の動き、トラップ、パス、間の取り方を見ていると、余計なものがそぎ落とされた無駄のない感じが、じわじわと凄みを増してせまってくる。
なんというか、僕の文章力では、何とも説明が不能で、言葉で説明するのはひどく野暮な感じだ。結局、僕も「うーん」とか「むむ」とか、木村和司になって、唸りながら、彼のプレイに目を奪われている。
スコールズは寡黙でマスコミ嫌いで有名だ。ナイキと交わした契約書には、「僕は人前には出ないからね」という断り書きが入っている、という話もあり、ゴールを決めるたびに「困ったな。これで試合後にインタビューを受けなきゃならない」と思うらしい。
だから、というわけではないが、彼のプレイは、唸りながら見るのが似合っている。
スコールズを見ることができる時間は、残り少なくなっているのだろう。今シーズン、一試合一試合が貴重な時間だ。できるだけスコールズのプレイに唸る数が多くなることを祈りたい。もちろん、ズドンのミドルも待っている。
いまさらながら、プレミアのスタジアムで、静かな拍手を贈る人々が、僕にはとてもうらやましい。


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コメント

  1. 素敵な内容ですね。ポール・スコールズへの愛が伝わってきましたw僕もこんな文章書けたらなぁ。

  2. どうもです。うれしいです、
    スコールズへの愛って、胸にあっても、言葉にしにくいですよね。
    オオウチ

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