NHK 野地俊二 アナウンサー サッカーを語る行間の勝利

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試合終了! ニッポン勝ちました!1対0 薄氷を踏む勝利でした。しかし最後まで緩みのないいい試合でした。
NHKカメルーン戦の勝利を伝えた野地アナの言葉

実にいいサッカー中継だった。日本対カメルーンの初戦。日本は1-0でカメルーンに勝って、初戦の勝ち点3を初めて手にすることができた。
僕は自宅でNHK総合の中継を家族と見ていたが、野地アナウンサーに、山本昌邦、そしてピッチにいた福西、特に、野地アナウンサーのサッカーを見るプロとしての力が本当によく伝わってきた。
せっかくの勝利なんだから、もっと何か別の話を語るべきなのかもしれない。でも、ゲームを見終わった後、「本当にこの試合がNHKの中継でよかった」という満足感が、意外に僕の中で大きかった。
NHKの中継を担当した野地アナウンサーは、本人のサッカーに対する知識も一級品だが、ポイントポイントで、的確な投げかけを山本昌邦に行い(過去の監督実績はともかく解説は一級品)、福西のレポートの言葉を受け取り(福西は実にいい仕事をした)、野地さんは、そこにもう一つの質問を投げかけていた。
アナウンサーの苦労や熟練度がどれほどのものか、残念ながら僕は知る立場にないし、偉そうに語れない。それでも、アナウンサーは、伝える役割と、周りの言葉も引き出す役割のバランスがとても難しい仕事なのだろう、と想像する。
そしてサッカーの何を伝えるか? その方針決定は、意外に難しいような気がするのだ。
たとえば、前半終了間際の時間帯に、福西へのこんな質問があった。
「福西さん、一人が抜かれた後、サポートのスピード感は、日本どうですか?」
この言葉に含まれるサッカーの行間は、ちょっと他のアナウンサー、特に他局のアナウンサーたちには、出せないのではないだろうか?
日本選手のスタミナが気にかかる時間帯、初戦のリード後の守備の大切さ、一人でも戻りが遅れれば、そこから勝ち点がこぼれ落ちる危険さ。
ボールのない選手の動きを視聴者にしっかりと伝えたい、という意識。そして、自分自身も、選手の近くにいる福西に確認したい、という素直な感覚。
おそらく野地さんにその意識はなかっただろうが、4年前、ドイツで崩れ散った代表チームの一員として、その痛みを背負った福西へ、しっかりと確かめてほしい、という裏の気持ちさえ感じられた(ような気がするんです、ええ)。
一方、後半にはこんな言葉もあった。
「やはりこういうフリーランニングの質が疲れている中では重要になってきます」
長谷部が本田からのパスを受けようと走り出した時の言葉だ。
あるいは、局面での競り合いを伝えながら、さりげなく逆サイドの大久保がフリーだと伝える場面も、二度以上あったように思う。
松井や本田が数的不利な中で、仕掛けること、ための時間を作ることが、どれだけ味方を助けるか、を語る場面も多かった。
先輩のトラさんのような、文学的な行間は足りないが、「サッカーの行間レベル」は高かった。
「サッカーに歴史が必要」と一言で言うが、本当に歴史が必要なのは、監督や選手たちではなく、サッカーを見ている僕らの方だ。
そのためにサッカーを伝えるメディアの品質は、実は日本サッカーの今後の成長にとても大きな役割を果たす。
思えば辛い数週間だった。
負け続けた試合、情けない監督の顔と言葉、目を覆いたくなる采配、子供たちさえ見放す闘志の無さ。
小学生たちがサッカーの練習中に、「もうトゥーリオいらないから」とネタにして言い出す姿を見ると、さすがに情けなくなった。
その責任の多くは局面の最適化だけで岡田監督を選んだサッカー協会と、自分の強みを理解せずに、迷走した岡田監督自身にある、と僕は思う。
それでも、その代表を伝える報道は、あまりほめられたものではなかった。トップの指揮官の「ブレ」を取り上げるのが、最近の流行りなのかもしれないが、協会や監督以上にメディアの視点は、短絡的だったように思う。
もちろん、当日のテレビの在り方も、完璧とは言えない。
ハーフタイムにニュースを挟んだこと(「はやぶさ」のニュースだったからいいけど)、ボールが動き始めているのにリプレイを繰り返した点(エトーと本田が向き合うシーンは目に焼きついちゃったけど)、試合後に本田だけを特別にインタビューしたこと(本田の方がかえって大人だったけど)、そういった点はいただけなかった。
しかし、いい点も多くあった。
飲み屋で語るような勢いだけの精神論もなかった。ピッチにいない俊輔を語り視聴者の集中をそぐこともなかった。家族の話題で高校野球化することもなかった。遠藤の質の高い走りを語らず、がむしゃらに走ることを求めることもなかった。
野球中継から抜け出せない他のメディアとは一線を画し、素晴らしくサッカーを伝えることに集中できていたと思う。
もし、ゲームを録画している人がいたら、じっと中継の言葉だけを聞きながら、見直してみることをお勧めします。はい、とてもいい中継ですし、とても勉強になります。
「チームが一つになれた」
それを勝利の一番の要因に上げることに異論はない。しかし、僕ら視聴者の側も、ぶれずにサッカーに集中できた点は、何%か野地アナが勝利に貢献したような気がする。
初戦の視聴率は50%近くあったという。この南アフリカの初戦で、日本のサッカーを見る目が、また一段上がってくれればうれしい。
スポーツ新聞が、翌日の一面で本田を礼賛する中、これはチーム全員の勝利だろ、とスルーできる視聴者が増えてくれたような気がする。

「試合終了! ニッポン勝ちました!1対0 薄氷を踏む勝利でした。しかし最後まで緩みのないいい試合でした」

今回の中継を多くの日本人が見たことは、日本サッカーの、小さいけれど偉大なもうひとつの勝利だ。
最後まで、緩みのない、本当にいい実況中継でした。

コメント

  1. 渡部正紀 より:

    はじめまして。ぼくはあれこれ語れるような専門家じゃないのですが、読み終わって「こういう視点でサッカー見る人が多かったら、きっと今の代表はこんな状態じゃないんだろうなぁ」って思いました。ぼくは代表チームを心から応援したい気持ちが失せた非国民で、でも試合は見たのです。勝因は運もありましたが何とか点を与えなかったことに見えましたので、翌日の報道の酷さには呆れ返ったと同時に「やっぱりな」と思いました。放送については、ぼくの視点では、山本氏がちょっと理論的すぎる気がしてまして、もちろんそういう人もいて良いのですが、でも何だか、「今の代表に何が足りないか?」という課題と深い関係があるように思います。

  2. だんtheだん より:

    リプレイのタイミングって、FIFAから買った国際映像でもNHK側でいじれるものなんでしょうか?

  3. 通りすがり より:

    >試合後に本田だけを特別にインタビューしたこと(本田の方がかえって大人だったけど)、そういった点はいただけなかった。
    マン・オブ・ザ・マッチのインタビューでは?

  4. 78年からの観戦者 より:

    お目が高いですね~
    野地アナは、高校は、サッカー部の無い進学校に進みましたが、2年生の時、先輩達と、同好会みたいなサッカークラブを立ち上げるような、本当のサッカー好きです。

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