ユーロ2008 ジャック・レモン対チャールトン・ヘストン

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私が何者であるかということを忘れないために、試合を見に行きました。サッカーが原因で病院に行かなくてはいけなくなりましたが、そこから戻るのもサッカーの力でした
オシム復帰後の会見 2008年6月4日

自分が大学生になったとき、高校野球を見て、自らの年齢を実感した記憶がある。
「こいつらオレより年下かよ」
油断をしている間に、現役のスポーツ選手たちはどんどん自分より年下になっていった。
とうとう今年は、ユーロ2008を見ながら、サッカー代表監督たちの年齢と自分の年を比較している。僕はドイツのレーブ監督より年下で、イタリアのドナドーニ監督より年上だ。
新幹線の窓の風景のように過ぎる時間の早さに、「光陰矢のごとし」と言ったやつは天才だな、とそんな感じでWOWOWを見ながらお茶を飲んでいる。
そんなわけでユーロ2008を見て、サッカー監督は現場の癖に年齢を重ねた人が多い、とそう思って少し嬉しがっている。
ユーロの開幕戦、スイス対チェコは、どちらも60歳を超えた監督の対決でもあった。
彼らのなんと格好いいことか。外見からサッカーを見る僕は、素敵なおじ様ぶりに、ほとほと感心している。
スイス代表のヤコブ・クーンは、どことなくジャック・レモン(アパートの鍵貸します)に似ていて、その横で銀色の髪をかきわけるブリュックナーは、チャールトン・ヘストン(ベンハー)より迫力がある。
ジャック・レモン対チャールトン・ヘストンかあ、と思いながら、開幕戦の画面の美しさにため息をついていると、その次のゲームには、ジーン・ハックマン(フレンチコネクション)がポルトガル代表監督(フェリペ・スコラーリ59歳)として登場する(注)。
チェコのブリュックナー監督は、オシムと現役時代、選手として対戦したという。
ブリュックナーは、前回のユーロで、オランダを地においやった。その知的な采配は伝説的に有名だが、今でも膨大なサッカーの映像を見て研究を怠らないという。
眼光の鋭さといい、どこかオシムと同じ匂いがする。
ブリュックナーと同じく年齢を重ねたオシムに、僕がとびきり好きな映像がある。
それは2007年のアジア杯で、オーストラリア代表のフォワード、ビドゥーカ選手の攻略法を中澤に伝授している場面だ。
アジア杯総集編のDVDに収められているので、興味のある方はご覧ください。
オシムはデンと構えてえらそうに指示をしているか、というと全然そんなことはなく、オシム自らビドゥーカになって、中澤の前で実演をして見せている。
もちろん例の長そでジャージ姿だ。その大きいカラダを器用に動かしながら、まさにビデゥーカを熱演し、同時に中澤に攻略法を身振り手振りで指示している。
もちろん、勝手な想像だが、中澤は翌日、実際のビドゥーカと対峙しながら、オシムのディテールのすごさを思い知ったに違いない。
「あのじいさん、とんでもないぜ。そんまんまじゃんかよ」
中澤の目の前にいるビドゥーカは、まさに前日のオシムの動きをみせていた。
そして、そのオーストラリア戦で、中澤は見事にビドゥーカを抑えてしまう。
監督に一番大事なのは、経験とパーソナリティだ。そう考えれば、多くの監督が僕より年齢が上なのは当たり前なのかもしれない。
しかし、経験とパーソナリティが監督に必須だといっても、それは「十分条件」でしかないだろう。
進歩するモダンサッカーと、戦術ディテールの知識は、「必要条件」として欠かせないはずだ。
前回ユーロでは誰もが予想しない国、ギリシャが優勝した。その優勝はギリシャの代表監督「キング・オットー(ほぼ70歳)」の戦術的手腕が大きかった。
古い「マンツーマンディフェンス」を、ヨーロッパによみがえらせてしまったのだ。
古臭い戦術だと非難していた評論家たちも、ギリシャがポルトガルを破って優勝すると、「オットーはただ古かったわけではない」とそう言い始めたわけだ。
そんな節操のない評論家たちにあきれながら、まったく「温故知新」と言ったやつは天才だぜ、とそう思ったものだ。
サッカー監督は格好いい、と改めて思った。
彼らが格好いいのは、見栄えもあるが、バリバリの現役だからなのだ。そして常に現場にいるのが好きなのだ。
戦術を語るのは好きじゃないとかうそぶいて、頭の中には最新のサッカーのディテールがつまっている。
そして若造のファンバステンと同じ土俵で勝負をし、結果が悪ければ首を切られる。
年を重ねているから、それだけで偉そうにできる、という世界ではない。
もちろん、日本にも、同じようにモダンで、格好よく年齢を重ねた監督やコーチはいた。星一徹や丹下段平はその系譜だろう。
しかし、残念ながら日本のサッカー界にはまだそういった人は現れていない。
ガンバの西野さんとアテネ代表監督の山本さんは、ルックスだけなら、その路線になりそうだった。
現在の日本代表監督は、知性でひけを取らないが、体育教師が職員室から出て来た感じで、記者会見を行っている。
残念ながら彼らは、ジャック・レモンやチャールトン・ヘストンと並ぶと、見劣りがしてしまう。
オシムがこちらの世界に戻り、そして記者会見を行った。

いずれにしても、私ができる限りのことをしたいと思っています。約束できるのは私ができる範囲で、ということですけどね。もうすぐEURO2008があるため帰りますけれど、できるだけ多くの試合をみて、そこでおこっているサッカーの新しい発見があれば、それを見逃さないようにしたいと思います

私が何者であるかということを忘れないために、試合を見に行きました。サッカーが原因で病院に行かなくてはいけなくなりましたが、そこから戻るのもサッカーの力でした

「現場」に戻る、という力を感じた。その力は思っていた以上に強く激しい。
確かに選手の寿命は限られているが、ユーロの「現場」は歴史とモダン、経験と若さがうねるようにまじりあって美しく進んでいる。
オシムを見て、ユーロを見て、まだしばらくは現場でいいじゃん、と僕もそう思うことにした。
(注)…フェリペがジーンハックマンの下りは、西部さん文章よりネタ拝借。スイマセン

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