チェフのファンブル 忘れるのに長い時間がかかる一夜

この記事は約5分で読めます。

「忘れるのに長い時間がかかる一夜だ」
チェコ代表 ブリュックナー監督 最後の試合に敗退してのコメント 2008年6月16日

子供に読書感想文を書かせるな、と文句を言っていた作家がいた。確か丸谷才一だったと思う。
本当に感動しているときに、感想文もへったくれもないだろう、とそんな怒りだった、と思う。
ユーロ2008を見ている間、ときどきその作家の声を思い出していた。ユーロは美しい。量と質が圧倒的で、素直な驚きや感動だけではなく、理不尽なカオスも一緒にやってきた。
確かにそうだな、と思った。感情を揺さぶられるほど美しいものが、目の前で展開されていくのに、安易に文章なんて書けない。
だから毎週書こうと思っていたコラムが、6月は全然書けなかった。
いや、はい、怠けただけです、すいません。
ユーロが終わってしばらくたって、なんとか少しづつ書き出しています。よいしょ。
強烈な印象で、読書感想文が書けそうにないのは、チェコ対トルコ戦だった。勝った方が決勝リーグ進出。試合は3対2でトルコの勝利。
大会を振り返ってもそれほど重要な試合ではない。それでも、どうも忘れられそうにない。
トルコにとっては奇跡のはじまりだが、チェコにとっては紛れのない悲劇だ。
チェコは好きなチームの一つで、監督のブリュックナーおじ様も大好きだ。
今回はネドベドもロシツキもいなかったが、それでもチェコが、決勝リーグに勝ち上がってくれることを密かに願っていた。監督のブリュックナーにとっても最後の戦いだったから、サッカーの神様はきっときれいな終わり方を用意してくれるとどこかで信じていた。
たとえば、決勝リーグで強豪国とぎりぎりの戦いをしてPKで敗れる。悔いはない、とブリュックナー監督がコメントするみたいな感じだ。
緒戦のスイス戦は勝った。二戦目のポルトガル戦は負けたが、全体としてはチェコのサッカーの方がよかった。
システマチックな守備と攻撃のバランスはきれいで、ディテールがしっかりしている。ほぼ穴がなかった。
後半になって確かにチェコの選手は疲れていたかもしれない。しかし、それ以上に、ほんのわずかな隙をついたデコをほめるべきだろう。
ロシツキがいれば状況は変わっていたはずだ。それを差し引いて考えれば、ブリュックナーの采配は健在だなと思っていた。チェフのセービングも完璧。トルコ戦は大丈夫、大丈夫。
トルコ戦も完全にチェコのゲームだった。後半の途中で2対0のリード。
トルコはなんだか混乱していて、バタバタと攻撃をしているような感じだった。
リードした後も、チェコは守備的にならずに、効果的な攻撃を繰り出していた。
ゲームは途中からおかしくなる。
トルコの1点目はきれいな形で決まる。チェフもボールにかすかに触ったように見えた。しかし、ゴールは決まる。2対1。でもまだチェコは勝っている。大丈夫、大丈夫。
トルコの時間帯が続く。後半42分。早めに上げたトルコのクロスに、チェフは余裕で追いついた。両手を伸ばしてボールをキャッチして、しっかりと芝の上に抱え込んで押さえつける。そんなイメージがあったはずだが、ボールはチェフの手からこぼれる。
ファンブル? チェフが?
トルコの2点目が入る。同点。
呆然としたまま座り込むチェフ。そんな姿を、はじめて見た。
そしてトルコの3点目が決まる。まったくチェコらしくない守備だ。
反対のサイドで変なことが起こる。トルコのゴールキーパーのレッドカードでの退場。
トルコのトゥンジャイがキーパーの服を着る。
チャンスだ。それでも、チェコは効果的なボールを供給できずに笛が鳴る。
終わった。

「残り15分で、われわれは崩れてしまった。1点を決められ、ミスから2点目も奪われた。3点目は崩壊だ。リードしている時、プレッシャーを受けることは当然のことであり、予期しなければならない。大事なのは相手の重圧に屈しないことだが、われわれはそれができなかった。この失意を払しょくするには長い時間かかるだろう」
ブリュックナー監督のコメント

「ベンチからでも、これほどの苦難には耐えがたかった。ピッチ上の選手にとっては、さらに苦しいものだったに違いない」
怪我で出場できなかったロシツキのコメント

「こんな形で大会を去るなんて、なんとも残酷な結末だ。私たちはベスト8進出にふさわしいチームだと思っていたし、残り10分までは試合の主導権を握っていた。だが突然、チェコらしくない、私たちの守備陣らしくないミスが重なり、気づいたら敗退が決まっていた。最悪の気分だが、気持ちを切り替えなくてはならないし、トルコに敗れたことを受け入れなくてはいけない」
ペトル・チェフのコメント

もちろん、チェフだってミスをする。しかし、何もそんな場面でミスが出なくてもよさそうなものだ。
チェフがしっかりとボールをつかもうとしたところを、サッカーの神様がわざと指ではじいたようなファンブルだった。きっとそうだ。でもいったい何のために?
チェコのサッカーが予定調和を狙いすぎたか?
ブリュックナーが無難に乗り切ろうとたのが気に触ったのか?
チェフのセービングはひょっとして「きれいすぎた」か?
ほとんどの観客と選手が、チェコが勝利すると確信したからか?
「わかってるだろ? オイラ予定調和が嫌いなんだよ」
サッカーの神様はそういってちょっと試合をかき回した。神様が求める「美しさ」は、少しばかりの「理不尽さ」がないと完成しなかったのか?
まったくわけがわからない。時間がたったら気の利いたコメントでも浮かぶかなと思っていたが、今に至っても、カオスのままだ。
雑誌フットボリスタに、ブリュックナーの退任にあたってのコメントが小さく載っていた。
「苦痛の敗戦なくして勝利はあり得ない」
サッカーは、これだから…

コメント

  1. tako より:

    こんにちは。初めてコメントさせていただきます。
    私はチェフが大好きで、チェコチームが好きです。
    トルコ戦の後、私は脱力してしまいました。
    でも、トルコは勝つ事を諦めなかった。それは、本当に美しいとも思いました。
    今後のチェコ、さらに素敵なチームになると思ってます。これからも楽しみです。

  2. >今後のチェコ、さらに素敵なチームになる
    >と思ってます。これからも楽しみです。
    ファンの僕らがそう思っているのですから、選手たちはなおさら、あの屈辱を払拭したいでしょうね。
    >トルコ戦の後、私は脱力してしまいました。
    いや、本当に、、、
    終盤トルコは素晴らしい攻撃でした。
    とりあえず次の勝利を得るまでは、脱力の後味が続きそうです。

タイトルとURLをコピーしました