大分トリニータ溝畑社長 チームそのものが体の一部

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選手が結果が出せなかったら、それは選手のせいではなくて、フロントのせいだと、そういうことははっきりしています。チームそのものが自分の体の一部になっているんです
大分トリニータ 溝畑社長の言葉 サッカー批評39 2008年7月10日発行

数日前ののどかな昼休みに、ナビスコカップの決勝がもうすぐなんだ、という話になった。
Jリーグに興味のない友人は「へえそうですか」という顔をしている。「いや、ナビスコの決勝戦は、ここ数年すごく面白いんだから」と僕は念を押すように伝える。
「今年の決勝は、どこ対どこなんですか?」と話を合わせてくれた心優しい友人は聞いてくる。大分と清水だよ、と答えると「なんか微妙なチーム同士ですね」と言う。
「いや、ちっとも微妙じゃないから!」と僕は自分の声が熱をおびているのを感じつつ、少し説明をはじめる。そして選手やシャムスカの話をしているうちに、気がつくと途中から大分トリニータの溝畑社長の話になっていた。
サッカーの話が、いつの間にか経営の話になっているので、友人は不思議な顔をしている。話している僕だって、森重やシャムスカの話をしていたつもりが、なんで社長の話になっているんだっけ、と不思議な気分になってくる。
大分トリニータは、若手を中心にチームを強くする、という方針を歩んできた。育成とスカウティング、これがチーム作りの柱だ。そして、福元、梅崎、西川、森重、金崎という次の代表につながる選手たちを見い出してきた。
育成やスカウティングで、若手をチームの核に据える。選手を育てて売りながら、常に中堅以上のポジションを維持する。選手の人件費を抑える中堅以下のチームが取るべき「セオリー」だ。
結果から言えば、そうなるが、それは簡単な道のりだっただろうか?
「育成」は、時間がかかる上に限りなく不確実だ。
育成側は若手をできるだけ上にあげてほしい、と思うが、トップチームは、自分の首がかかっているから、そんな綺麗ごとに付き合っているわけにはいかない。
いざ育成がうまくいっても、優秀な選手はそのままチームに残ってくれない。むしろ、優秀な選手からチームを抜けていくことになる。
目覚ましい活躍をした選手が抜ければ、チームはいったんリセットになる。
毎年リセットになるのは、選手や監督だけではない。成績が悪くなれば、サポーターもスポンサーも離れていってしまう。
残留のリスクと毎年向き合うせっぱつまった事情と、「育成」の長期戦略は一致しない。そんなユースの理想と、トップチームの現実を、うまくバランスさせて勝利をつかみ取っていく。そんなことができる監督はそう多くないように思える。ベンゲル、オシム、、、
シャムスカは、常識の枠を超えた監督だと思うことがある。
まだ40歳で、監督としては若いが、20チームに近い経験を積んでいるという。
そんなにチームを変わっているのは、ひどい監督じゃないか、と思うが、ダメ監督であれば、逆に続かないのだろう。むしろダメなチームを次々に立て直してきた監督だ。
シャムスカは、経験が必要なセンターバックというポジションに、平気で若手を起用してきた。ユースから福元を引き上げたのに続いて、その福元が抜けた後に、森重を据えてくる。センターバックとゴールキーパーが、こんなに若いチームというのは、普通に考えれば驚きだ。
チームの核になる若手、たとえば福元が抜け、梅崎が抜け、今年はチームの核に据えようとした家長がシーズン前に大怪我で長期離脱をしてしまう。ところが、結果的には、家長の脱落を、金崎夢生を育てる、という結果で返した。
シャムスカのチームは、3バックで失点が少ない。データで見ると、守備のチームという印象だが、「守備的」と「消極的」は、シャムスカの場合必ずしも一致しない。
大分の選手は、守備をするのが、カッコイイと思っているような表情をしてプレイをしている。そもそも、若手とブラジル人中心に、あれほど献身的に守備をするチームが作れるものだろうか?
監督が見せる采配も、守備を固める場面で、逆に攻撃を仕掛ける展開を時々見せる。確かに守備からカウンターのチームなのだが、攻撃がはまった時の美しさの方が印象に強い。
相手チームは、先制点を奪われ、当然大分が守備を固める時間帯だと思うと、突然危ない場面がやってくる。それも、相手チームの弱みが右サイドなら、徹底的にそこをついてくるので、相手チームは、自分のペースに持っていくのが難しい。
数日前の昼飯どきも、確かそんな話をしていたのだ。シャムスカは結構すごいと。
それがいつの間にか、そこから糸を手繰るように溝畑社長の話になっていった。
大分はシャムスカとなぜ出会えたのか、若手がなぜあれだけ喜々として守備に身体をはるのか?
それは偶然じゃないし、監督や選手だけでできることじゃない。

いまいる選手に『お前たちを信用しているよ』ということが結果的に強くなるんだ、ということがいままでの経験でわかったんですよ。だから選手を補強するんじゃなく、人材育成なんですよ。(中略)選手が結果が出せなかったら、それは選手のせいではなくて、フロントのせいだと、そういうことははっきりしています。チームそのものが自分の体の一部になっているんです

「結局、サッカーも社長とかGMなんじゃないか、という気が最近するんだよ」
オシムが目覚ましいチーム作りをした千葉には、祖母井さんというジェネラルマネージャーがいた。今シーズン、久米GMの体制を敷いた名古屋は、ピクシーが監督として結果を残しつつある。広島がJ2の危機を乗り越えたのも、ぎりぎりの経営陣の判断が影響したと思っている。最近フクダ電子アリーナの雰囲気が良くなってきた時期と、社長交代の時期が奇妙に一致して見える。
どんなチームにも危機は必ずやってくる。降格の危機を招いた責任は、経営陣にあるのだろう。しかし、それ以上に、その危機にどう対処するのか、そちらの方がサッカークラブの経営者の価値を決めるかも、とそんなふうに思えてきた。
大分はナビスコカップを勝ちとった。そしてその大分には、溝畑社長がいる。
彼が幾多の危機的な状況を乗り越え、どんな思いで、国立の勝利を受け止めているか、僕には想像もできない。

自分は鈍感な人間ですけど、7回くらいは精神的にも追い詰められてかなり危機的な状況に陥りました

ウエズレイのさりげなくも見事なトラップからゴールが決まり、やがてゲームが終了する。
歓喜にわくフィールドの映像の合間に、泣き崩れる溝畑社長の映像が重なる。
「経営努力」という4文字が、フィールドのプレイに結実し、ゴールと歓喜に変わる。
そんな瞬間があることを、僕は、はじめて知ったような気がする。


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